第一章 終幕
屋根を伝い走る白凰は振り返った。
走りながら脇腹に刺さった槍を引き抜く黄麒麟。
黄麒麟も振り返った。
煙が晴れる。
律の隣には榊。
「でかぶつに刺さっとったで。」
律は頬を叩くと、笑顔で振り返った。
「手応えはあったねぃ。」
榊は淡々と答えた。
「あの煙ん中、よお当たり引いたやんな。」
氷の様に冷たい視線は低い。
律が辿るとその先には。
「わしは外れやった。」
打根が刺さり、糸に巻き付かれた紅孔雀。
「それなら、俺っちもだねぃ。」
道に残る血痕を眺め、律は肩をすぼめる。
律へと視線を動かし、榊は銭の入った袋を差し出した。
「とりあえず二人御用や。」
受け取りながら首を傾げる律。
「あっちは……どうなんだろねぃ。」
榊はひらひらと手を振りながら背を向ける。
「取り調べて決めるさかいに。」
その背を見送りながら、律ははっと口を抑えた。
そして、とぼとぼと、花月楼へと歩を進める。
一方で。
所離れ、さる貴族の屋敷。
幕府の重鎮たちがその男の前に座す。
男は自身の紅を引いた唇を指差す。
「不要。」
続いて殿上眉の下、鉄の様な眼を指差す。
「不要。」
そのまま、白塗りの中心、鼻を指差す。
「血、のみで。」
その頭髪が一切無い、深紫の束帯を纏う男の前で、皆が眼を向ける書類が在った。
乙号処分場実験計画書。
数日後、虎殺しが街を歩いていると母娘が近付いて来た。
鳶色に細かな格子柄の母。
しだれ桜柄の娘。
「先日助けて頂いたお礼がしたくて……。」
虎殺しは眉を下げる。
眼には青たん。
頬は腫れ。
箒を担いだ律は大門の前でぼんやり空を見上げる。
番台が隣で立ち止まり、口を開いた。
「槍より似合ってるぜ。」
律は頬を膨らませる。
「なんで全部筒抜けかわからんねぃ。」
番台は腕を組み、瞳を細めた。
「いや、そりゃおめえ……。」
言いかけて、番台は口をつぐむ。
律も眼を逸らす。
二人には目もくれず、凛とした花魁が、派手目な客と大門をくぐって行った。
律と番台は眼を合わせる。
お互いに唇の前で指を立て、頷き合った。
番台は話を逸らす。
「そういえばあのおっかない同心とにこにこした同心、最近見ねえな。」
律は空を見上げた。
「ああ、確かにねぃ。」
同心、榊が奉行所から出て来た。
否。
定町廻り榊万来は奉行所へと振り返ると、口角を上げ、呟く。
「探したるからな、宗玄。」
梅屋回顧帖 第一章 完




