表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/29

第9話 不本意な再会 後編

 玄関を出ると、そこには既に白馬に跨り、私の分の予備の馬まで引いたアレクシオン様が待機していた。


「チェリさん! あの不穏な光を見ましたか!? 邪悪な冷気を感じます!」


「ええ、見たくなくても見えましたわ。……って、アレクシオン様、準備が良すぎません?」


「聖女である君なら、きっと放っておけないと思って! さあ、僕の背中に! いえ、この馬に乗ってください!」


 あまりに真っ直ぐで、一切の曇りもない勇者の瞳。

 私は毒気を抜かれ、黙って馬に跨った。

 背後には、当然のように影に溶け込むセバスティアンが控えている。

 北の山道を駆け抜け、私たちは古びた聖堂跡へと到着した。


 現場は、既に地獄のような冷凍庫と化していた。

 駆けつけた王国の騎士たちが聖堂を取り囲んでいるものの、誰も近づけないでいる。

 なぜなら、聖堂を中心として半径百メートルが、完全にカチコチの凍土になっているからだ。


「ひぃっ、なんだこの寒さは! 鎧が、鎧が皮膚に張り付くぞ!」


「魔法で火を起こせ! ……ダメだ、種火すら凍りつく!」


 騎士たちが右往左往する中、地響きと共に聖堂の重たそうな鉄扉が開いた。

 そこから吐き出されたのは、物理的な冷気だけではない。

 かつて、大陸の半分を冬に変えた、圧倒的なまでの威圧感。


「ふぅ――三百年ぶりの外気か。……少し、温いな。この世界は情熱を失ったのか?」


 現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ、この世のものとは思えない美貌の騎士だった。

 透き通るような青白い肌。

 氷柱のように鋭く、しかしどこか憂いを帯びた瞳。

 魔王軍幹部四天王がひとり――氷結の騎士グラシエル。


 彼は優雅に伸びをすると、ふと、私の方へと視線を巡らせ――そして、劇的に目を見開いた。


「……おお」

 氷の仮面が砕け、狂気にも似た歓喜の色が浮かぶ。

「その魂の輝き、その孤高なる魔力の波動……! 間違いない、我が主ヴェリタス様!」


 グラシエルは流れるような動作で私の前に滑り込み、跪いた。


 周囲の騎士たちが「聖女様が狙われるぞ!」とざわめき、剣を抜こうとするが、アレクシオン様が鋭い手制止する。


「お待ちしておりました、我が女王よ! さあ、今こそ世界を氷河期に沈め、愚かな人類に裁きの鉄槌を! 私がこの世界を、貴女に相応しい清らかな氷の彫刻へと変えて差し上げましょう!」


「待ちなさい」


 私は無表情で、彼の差し出された手の甲を、持っていた杖で「ペシッ」と叩き落とした。


「グラシエル、口を慎みなさい。あと、その世界を氷河期にするとかいう物騒な宣言は今すぐ撤回して」


「は……?」


「今の私はチェリ。ただの善良な薬屋の店番よ。世界征服なんていう、労働基準法も無視した悪徳な事業からは完全に撤退したの。今は平穏かつ怠惰な隠居生活が目標なのよ」


 グラシエルは、きょとんとした顔で私を見上げた。

 知的な彼にしては珍しく、脳味噌まで凍っていたのかもしれない。


「チェリ……様? 世界征服、やらない……? 撤退……? 損切りですか?」


「そうよ。大損切りよ。もう二度とやらないわ」


 そこに、アレクシオン様が一歩踏み出した。


「グラシエル殿、とおっしゃいましたね。僕はアレクシオン。この街の騎士団支部長、そして――チェリさんの隣人です」


 グラシエルは、瞬時に騎士の顔に戻り、アレクシオン様を見据えた。


「……ほう。その清廉すぎる気配、反吐が出るほどの光属性。勇者の末裔か。三百年の時を経ても、そのお節介そうな輝きは失われていないようだな」


「光栄です。ですが、チェリさんを困らせないでいただきたい。彼女は今、この街で静かに、そして幸せに暮らす権利がある」


 グラシエルは視線を私に戻し、それからアレクシオン様を見、また私を見た。

 数秒の沈黙。

 彼の冷徹な頭脳が、フル回転しているのがわかる。


「なるほど。理解しました」


「え、早っ。何を理解したのよ」


「つまりヴェリタス様は、武力による支配という旧時代的な手法に見切りをつけ、市井に紛れて内側から人心を掌握し、経済的に世界を支配するという、より高度な『平和的侵略』に移行されたのですね? 流石です!」


「違うわよ!! ただ静かに、美味しいお菓子を食べて寝たいだけよ!」


「ふむ……隠居、ですか」


 グラシエルは顎に手を当て、真剣に考証を始めた。


「確かに、世界を征服した後の整備保全にかかる費用や反乱分子の対応を考えると、支配者として君臨し続けるのは非効率の極み。ならば、一市民として消費を楽しみ、裏から糸を引く方が、生活の質は高い……実に合理的だ」


「……まあ、もうそれでいいわよ。納得したなら、その冷気を引っ込めなさい」


 グラシエルは立ち上がり、涼しげに、そして美しく微笑んだ。


「承知しました。では私も、チェリ様の隠居を全力で物理サポートいたしましょう。幸い、私の氷魔法は精密加工に向いています。この街で、夏場のアイスクリーム市場を独占し、その利益をすべてチェリ様の献上金とする……というのはいかがでしょう?」


「……まあ、アイス屋なら平和ね。市場独占はダメだけど」


 私がようやく安堵の息を吐いた、その時だった。

 今度は反対側、東の空が、毒々しいほど鮮やかな赤色に染まった。


 ドォォォォォン!! という、大気を震わせる爆発音。


「……チッ」


 グラシエルが、あからさまに嫌そうな顔で舌打ちをした。


「あの品のない、暴力の塊のような魔力波動……間違いありません。脳味噌が筋肉でできている、フレイムベルグです」


 セバスティアンが、天を仰いで深く嘆息した。


「東の廃坑ですね。やれやれ、今夜は実に忙しくなりそうですな」


 私は、絶対防御魔術が編みこまれたという設定の、ただの丈夫なローブを翻した。


「行くわよ。あいつが山を焼き尽くして、私の隠居先を火の海にする前に、物理的に黙らせるわ!」


「お供します、我が主。私の冷気で、あのアホの頭を冷やしてやりましょう」


 グラシエルが氷の剣を生成する。


「もちろん僕も行きます! チェリさんの行く道は、僕が照らしますから!」


 アレクシオン様も、太陽のような笑顔で剣を構えた。


 私は、ふと込み上げてくる「元魔王」としての高揚感……ではなく、単なるヤケクソな気分になり、夜空に向かって杖を掲げた。


「フフフ……三百年を経て集いし、愛すべき不器用な戦友たちよ! 今こそ、新たなる平和の幕が――」


 そこまで言って、我に返った。

 ……あ。


 アレクシオン様の「うわぁ、カッコいい……!」という純粋なキラキラ目と、セバスティアンの「あーあ、また始まったよ」という生暖かい目が、私の心を抉る。


「――開けるけど! あくまで話し合い! 拳による、平和的な解決を模索しましょうね!!」


 私は顔を真っ赤にして叫び、馬に飛び乗った。

 背後でアレクシオン様が「チェリさん、今のポーズ、すごく決まってました!」と叫んでいる。


 やめて。褒めないで。死にたくなるから。


 セバスティアンは俯いているが、肩が小刻みに、いや、盛大に震えている。


「……笑うな。後で庭の草むしり百時間ね」


「くっ……御意に」


 こうして、私たちは眠らない夜を駆けることになった。

 三百年越しの同窓会は、まだ始まったばかりである。

 

「ところで、チェリさん。さっきグラシエル殿が言っていた『ヴェリタス』って……確か、僕のご先祖様に首を落とされた、歴史上最も残酷で、呪われた稀代の悪女のことだと思っていたんですが……」


 アレクシオン様が、馬を並べて首を傾げた。


「あーーーーーー!! 空耳じゃないでしょうか!? なんか、『ベリタス』じゃなくて『ベリーベリーソース』とか言ったのよ、きっと! 見た目がなんか世間に疎いおぼっちゃまっぽい人ですし!」


 何てごまかせばいいのよ、これ!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ