第6話 真の聖女(笑)登場
黒糖水を提出して負けようとしたら、相手が劇薬を作って自滅した。
今日は、そんな平和な一日について語りたい。
「おーっほっほっほ! お待ちなさい、偽物の聖女!」
私が街の路地裏にある薬屋ガードランドの店で、いつも通り気怠く店番をしていた時のことだ。
店内に響き渡る高笑いと共に、見事な金髪縦ロール……というか、もはや暗器にしか見えないツインドリルの令嬢が乗り込んできた。
背後には従者のメイドたち。
典型的な悪役令嬢さまのお出ましだ。
「……いらっしゃいませ。育毛剤ならあちらの棚ですけど」
「誰が客ですか! わたくしはクラーリス・シルバーベルグ! この街の領主の姪の従姉妹であり、真の聖女たる者ですわ!」
クラーリスと名乗った彼女は、ビシッと扇子で私を指差した。
「貴女ですね? 怪しげな薬で民衆を騙し、聖女のふりをしている詐欺師は! わたくし、許せませんの!」
おおっ……元気過ぎる。
私は素直に感動した。
詐欺師。偽物。
そう、その言葉を待ちわびていたことを、実感する。
最近、どこへ行っても聖女様と拝まれて息苦しかったのだ。
ここで彼女のような見た目だけは典型的な悪役に「薬屋にいるのは無能な詐欺師だった」という烙印を押されれば、私は晴れて隠居生活に戻れる。
「おっしゃる通りです、私はただの無能です。さあ、今すぐ街中に言いふらしてきてください」
「お待ちなさい! 逃しませんわよ! わたくしと治癒薬対決なさい!」
そうクラーリスは鼻息荒く宣言した。
「明日の正午、広場にて! どちらが優れた薬を作れるか勝負です! 負けた方は、この街から裸足で出て行くこと。よろしいですわね!?」
「わかりました。喜んでお引き受けします」
はい勝負決定、解散、とばかりに若干食い気味に返事する私に、クラーリスはやや引いて、つんと顎を反らして去っていった。
ヒールで石畳を刻みつけていく音が、遠のいていく。
負ける。
盛大に負ける。
泥水でも提出して、わたくし無能ですから……と、夜逃げのように街を出る。そして次の街でひっそり寝て暮らす。未来予想図として完璧。
翌日の正午。
中央広場は、野次馬で埋め尽くされていた。
面倒くさい。なんでこんなに人がいるの。早くも帰りたい気持ちでいっぱいになる。
聴衆を前にすると、勝手にポエムが生成されそうになる口をしっかりと引き結ばなければ。
「これより、真の聖女決定戦を行う!」
審判役として司会進行を務めているのは、よりによって隣人のアレクシオンだった。
爽やかな笑顔で私に手を振ってくる。
「チェリさん、頑張ってくださいね。君の実力を証明する時です!」
無駄に眩しいキラキラは、今の私には猛毒なのよね。
対戦相手のクラーリスは、最高級の錬金釜と、見るからに高価な素材を並べていた。
「ふふふふふん。わたくしが用意したのは、ユニコーンの角の粉末、炎竜のうろこ、そして……マンドレイクの絞り汁! これらを混ぜ合わせれば、伝説を越えた超伝説の霊薬ができるはずですわ!」
待って……その組み合わせ、錬金術の指南書なら、絶対にやるなって赤字で書いてあるやつよね?
胡乱な記憶をたどるために、心の恥ずかしい備忘録を捲るも、特記事項の記載は無い。
ならいいか。
人の釜がどうなろうと私の知ったことではない。
一方で、私が用意したのは井戸水と黒糖。
これを混ぜて特製シロップです、と提出する予定だ。
「いざ、神妙に始め!!」
めちゃくちゃ気合の入ったアレクシオンの掛け声と共に、対決が開始した。
「見ていなさい! この聖なる輝き!」
クラーリスは豪快に素材を釜に放り込んだ。
可燃性の炎竜のうろこに、一歩扱いを間違えたら劇物となるマンドレイク汁を入れ、強火で加熱する。錬金術の基礎知識があれば、絶対にやらない自殺行為だ。
ぽへぽへぽへぽへぽへぽへぇ。
彼女の釜からは、奇妙な音と共に茶褐色の危険な煙が立ち昇る。
腐った卵と焦げた靴の底を混ぜたような悪臭が広場に充満し、茶褐色の不気味な煙が立ち昇った。
「お、おほほ! こ、これこそが聖なる香りですわ!」
「いや、どう見ても……」
私は慌てて自分の口元をハンカチで覆いながら、グラスの井戸水に黒糖を溶かし、その辺で拾った木の枝でカランカランと音を立てながら混ぜる。ああ、もう腕が疲れてきた。早く帰って寝たい。
「はい、できました」
「はっや!?」
観客がざわつく中、私は茶色い液体を掲げた。
「ふん、そんな泥水のようなもので勝てると思って? さあ見てなさい、わたくしの秘薬の完成……きゃあっ!?」
クラーリスの釜が爆発した。
そして、煙の中から現れたのは、薬ではなかった。
『グギ……グギギ……ニク……ニクヲヨコセ……ワカイニク……ムスメノ……ニクヲ』
釜の中身が化学反応を起こし、ドロドロのヘドロ状のスライムの亜種が爆誕してしまったのだ。
しかも、炎竜のうろこが入っているせいで、本体が燃えている。
クラーリス何気に、闇属性の素質あり?
「ひいいっ! 何ですのこれえええ!?」
「クラーリス様、お下がりください!」
アレクシオンが聖剣ではなく、普通の短剣を抜いて前に出る。その背中から、一瞬「僕のチェリさんに醜いものを見せるな」という絶対零度の殺気が放たれたような気がしたが、ヘドロスライムは物理攻撃を無効化し、触手を伸ばして暴れまわる。
「逃げろぉぉ!」
広場は大パニックになった。
怪物はクラーリスを捕食しようと、ズルズルと迫る。
あのバカドリル令嬢は何をやっているんだ。
敵役の悪役令嬢のくせに、御粗末すぎる。
このままではクラーリスは肉食スライム亜種に喰われて死ぬし、広場にいる人たちも危険だ。
死人が出るのは流石に寝覚めが悪い。
それに死体の処理とかめちゃくちゃ面倒だし。
「く……仕方ない」
私は手に持っていた黒糖水で満たされたグラスを、構えた。
本来なら、一発殴って物理で消滅させたいところだけれど、今の私は「可憐な無能令嬢」なので……投げる瞬間に、術式をほんの少しだけ乗せて……。
その時、脳内の黒歴史ノートが勝手に開き、私の舌が勝手に回り出す。
三百年前、頻繁に使っていた詠唱の型。
「クク……汚れた魂どもよ、今この手で――虚無へと還るが良い」
私は慌てて口を押さえるも、魔力が高まりすぎて制御不能。
「――邪悪なる魂よ、我の掌の上で踊るが良い。清浄なる光に還れ! 『終末:浄化』!!」
ぱちゃ。
私はグラスの中身を、醜いスライム亜種に向かってぶちまけた。
かつて、不死者の軍勢の心を一撃で掌握した魔王の浄化が、砂糖水を通して発動する。
じょわじょわじょわあん。
『ぴギャァァァァ……キ、キレイニナッチャウ……』
茶色い砂糖水を浴びた怪物は、断末魔と共に真っ白な光に包まれた。
そして、光が収まるとそこには、美しい一輪の白薔薇が咲いていた。
さっきまで人を喰らおうとしていたものとは思えないほど静かに。
魔物だけが有する悪意が浄化され、ただの植物に変換されたのだ。
広場が静まり返る。
今……『終末:浄化』って……言っちゃった。
ルビ付きで言っちゃった……。
ただのお掃除魔法の方でもよかったじゃん……。
今すぐこの白薔薇を喉に詰めて窒息死したいんだけどおおおおお……。
「……す、すごい」
誰かが呟いた。
「魔物を、たった一杯の水で……花に変えたぞ!?」
誰かが、続けた。
「『終末:浄化』だって! 伝説の古代魔術か!? お、俺はいま奇跡をみている!?」
わぁぁぁぁぁっ!! と爆発的な歓声。
や、やめて。
私が場を取り繕おうとするよりも早く、アレクシオンが私の腰を抱き寄せ、軽々と抱き上げた。
「きゃっ!?」
高い視界。
民衆の熱狂的な視線。
そして目の前には、眩しいほどの勇者の笑顔。
「聖女チェリ様万歳!! 彼女こそが、邪悪なるモノを浄化し、生命を育む真の聖女だ! 『終末:浄化』という神々しい技名までご披露なされた!」
(……アレクシオン様、お願いだからそれを連呼しないで……!)
「それにしても、チェリさんは無防備すぎます。こんな有象無象の前に立つなんて。やはり僕が君を城の奥深く……いえ、安全な場所に隔離、もとい保護しなければ」
(……えっ、今この人、笑いながらすごく怖いこと言わなかった!?)
「おろしてぇぇぇぇ晒し者にしないでぇぇぇあと隔離もやめてぇぇぇ……」
私の悲痛な叫びは、歓声にかき消された。
「キーーーッ! 覚えてらっしゃい!!」
クラーリスは煤だらけの顔で、捨て台詞を残して逃走した。
残されたのは、歓声を浴びて死んだ魚のような目をしている私と、綺麗に咲いた白薔薇だけ。
その夜。
私はやけ酒を煽っていた。
「どうして……どうしてこうなるのよ、セバスティアン……恥ずかしくてもう、外歩けない……っていうか、ベッドから一歩も出たくない……」
「流石でございます、チェリ様。泥水を聖水に変えるなど、全盛期のヴェリタス様もびっくりの御業。そして久しぶりに『終末:浄化』を拝見できて、お懐かしゅうございます」
「いちいち繰り返さないでよ……消すわよ!」
私の剣幕に慣れているセバスティアンは、ひっひっひと変な笑い声をあげ軽く肩を竦めただけである。
「しかし、あの自称聖女殿。捨て台詞を吐いておりましたが、おそらく次は何かしら嫌がらせをしてくるでしょうな」
「……え、面倒。相手するの疲れる」
「ご安心を。この出来る執事セバスティアンめが、裏から手を回して、彼女の実家の脱税の証拠を王宮にリークしておきました。遅かれ早かれ失脚するかと」
「いや、仕事が早すぎるでしょ!? 一般人の方々にはもうちょっと手加減してあげて!?」
こうして、ライバルは自滅し、聖女爆誕疑惑が浮上し、さらに恥ずかしい中二病技名まで街中に知れ渡り、私の願う怠惰な隠居生活という名の地平が、また一歩遠のいたのだった。




