表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/29

第28話 因果応報は忘れたころにやってくる

 因果応報なんてのは、のんびり構えた頃にやってくるのが相場だ。

 だがどうやら、待つ手間を省いて、お急ぎ便で叩きつけられることもあるらしい。


 北方大陸にある歴史ある古都。

 その中心に聳えるアンブロシア公爵家の屋敷では、この数ヶ月、もはや恒例となった怒号が響いていた。


「何だと!? また投資が失敗しただと!?」


 アンブロシア公爵の怒声に、老執事が小さく肩を震わせる。


「申し訳ございません。しかし、出資した商船が海賊に襲われ、積み荷ごと沈没したとの報告が……」


「言い訳はいい! これで三度目だぞ!」


 ここ数ヶ月、アンブロシア公爵家は見事なまでに不運の連鎖に見舞われていた。

 期待の新規事業は大コケし、所有する鉱山は落盤事故で閉鎖。

 領地の農作物は謎の害虫被害で全滅寸前。

 まるで、貧乏神が屋敷に住み着いたかのようだ。


「お父様……これはもしや、何かの呪いではありませんの?」


 長女のロザリンドが、青ざめた顔で恐る恐る口を開く。


「バカなことを! 我が家に呪いなど!」


 公爵は一蹴したが、その目は若干泳いでいた。


「最近、南方大陸のヴェルナという街に、聖女が現出したとの噂ですわ。どんな病も治し、魔物を退け、街に莫大な繁栄をもたらしているとか」


 近頃すっかり占い紛いのものにはまってしまった、次女のカタリナが、水晶クラスターを握りしめながら、ぽそぽそと告げた内容に公爵は顎髭を撫でながら考え込む。

 この際、縋れるものならば、神でも聖女でもなんでもいい。


「うむ……その聖女に会って、我が家の不運を払ってもらえないだろうか……。このままでは破産してしまう。」


「ええ、ええ、それは良い考えですわ! 旅行ついでにお祓いしてもらいましょう!」


 こうして、アンブロシア公爵一家は、藁にもすがる思いで遥々輝蒼海の彼方、ヴェルナへ向かうことになった。

 しかし、彼らは知らなかった。

 噂の聖女が、かつて自分たちが無能と罵り、ゴミのように捨てた姪だということを――。


 ★


 数日後ヴェルナの薬屋に、私もすっかり忘れ去っていた因果が襲来した。


「すみません、こちらに聖女様がいるとお聞きしたのですがね」


 どことなく尊大に掛けられた声に、背後の棚からガラス瓶を取り出していた私は「はいはい~」と気の抜けた返事をして、振り返った瞬間、店内の空気が凍りついた。


「「「ち、チェリ!?」」」


 そこにいたのは、かつて追放された先の、公爵家一家が雁首を揃えていたのだ。


「あれ……お久しぶりですね、大叔父様。こんな辺境まで、何の御用でしょう?」


 私は、努めて冷静に言う。

 不意の訪問に珍しく心臓は早鐘を打ったものの、このところの騒動で精神を鍛えられた私は、完璧なポーカーフェイスを習得している。舐めるな。


「お前……生きていたのか。まさか……お前が、噂の聖女なのか?」


「さあ? そのように呼ぶ奇特な方もいらっしゃいますね~」


「む、無能のチェリが……聖女……? 冗談でしょ!?」


「嘘よ! 魔力も無いクズだったのに!」


 混乱する従姉妹たちを無視して、私は大叔父を真っ直ぐに見据える。


「能ある鷹は爪を隠すというやつですよ。それで、私に何か御用でしょうか?」


 つとめて事務的に尋ねると、大叔父様はウオッホンと咳払いをした。

 流石、厚顔無恥ぶりは一級品だ。


「実はだな……我が家は最近、不運続きでな。そこでお前……いや、聖女に、我が家に呪いが掛かっていないか検分していただきたいのだ。報酬は弾むぞ」


 懐から金貨の詰まった革袋を取り出し、カウンターに置く。

 私は、その革袋を一瞥し、鼻で笑った。


「お断りします。私は、お金で動く便利な道具ではありませんよ。それに、大叔父様は私を無能と罵り、家門の恥だと着の身着のままで追放したのではなかったでしょうか」


「あ、あれは……我が国の単なる慣習ではないか!」


「悪趣味な慣習ですよね、ほんと。それでは、お帰りください」


 私が扉を指差したその時、派手な音を立てて深紅のドレスを纏ったクラーリスが入店してきた。


「おーっほっほっほ! お聞き苦しいですわね。わたくし、ヴェルナ情報屋のクラーリスと申します。アンブロシア公爵家の最近の不運……あれは偶然ではありませんわよ」


 クラーリスは、懐から数枚の羊皮紙を取り出し、容赦なく事実を突きつけた。


「公爵家が投資した商船は、海賊と裏で繋がっている悪徳商人。鉱山の崩落も手抜き工事。農地の不作も肥料代をケチった結果。つーまーり、全て人災。貴方様の強欲が生んだ結果ですわ」


「な、何だと!?」


「使用人への給料未払い、下請け業者への不当な値引き、そして……身内への虐待。因果応報ですわね」


 図星を突かれたらしき大叔父は、顔面を真っ赤にして逆上した。


「ええい、黙れ下賤の者が! チェリ! お前は由緒正しいアンブロシアの血を引く者だろう! 育ててやった恩を返し、今すぐこの不運をなんとかしろ!」


 大叔父がカウンターから身を乗り出し、私の腕を強引に掴もうと手を伸ばした。

 ――その、瞬間だった。


「気安く彼女に触れるな」


 大叔父の体が、見えない壁に弾き飛ばされたかのように後方へ吹き飛び、床に無様に転がる。


「お、お父様!?」


 いつの間にそこにいたのか。

 騎士団の制服を纏ったアレクシオン様が立っていた。

 彼は酷薄そうな笑みを浮かべている。

 瞳には光の欠片もなく、絶対零度の吹雪が吹き荒れているようだ。


「な、なんだ貴様は! 私はアンブロシア公爵だぞ!」


「他国の方はあまり存じ上げないのです。僕はヴェルナ騎士団支部長、アレクシオン・リヒテルシュタイン。……カイエン王室の外戚ですよ」


「リ、リヒテルシュタインだと!? 勇者の家系か!?」


 なぜか家名を聞いた瞬間、大叔父の顔から血の気が引いた。

 勇者の家系ってそんな全世界的に有名な感じなの?

 というか、王室の外戚ぃ!?

 そんな話これっぽっちも聞いていないんですけど?


「彼女は、ヴェルナの聖女……いいえ、僕が全霊をもって庇護する大切な女性です。過去に彼女を不当に扱い、あろうことか今また危害を加えようとした罪。……貴方がたを物理的かつ社会的に地図から消し去るには、十分すぎる理由ですね」


 聖剣の鞘が僅かに抜かれる音がした。

 完全に狩るつもりの目だ。


「ま、待って! アレクシオン様!」


 私は慌てて彼の手を押さえた。

 ここで公爵家を斬り捨てたら、ただの胸糞悪い事件になってしまう。


「あのほんとに庇ってくださらなくても大丈夫です。私は、大叔父様を恨んですらいませんから。なぜならば、恨む価値もないからです」


 私は、震え上がって床にへたり込む大叔父たちを見下ろす。


「今回の不運ですか? それは、クラ―リスの言う通り貴方がたの日頃の行いが、自分たちに返ってきただけ。……まあ、本気で反省して変わるつもりがあるなら、条件を出します」


 私は指を三本立てた。


「一つ、使用人への未払い給料を利子をつけて全額支払うこと。二つ、不当に扱った取引先に謝罪し、正当な賠償をすること。三つ、今後は誠実に生きること」


「わ、分かった……! 誓う! だから、命だけは……!」


 大叔父と従姉妹たちは、高価な衣服が汚れるのも構わず、床に頭を擦り付ける。


「えっと、勘違いしないでくださいね。どんなに謝ってくださっても、私に対する仕打ちに関しては許しません。ただ、変わる努力をするなら、その背中を押すくらいのことはしてあげますよ」


 私は、簡単な祈りを彼らの前で見せた。

 キラキラと光の粒子が舞うだけの、演出重視の魔法だ。


 店を出る時、ロザリンドが立ち止まり、小声で私に言った。


「……あなた、本当に強くなったのね。後ろで泣いてばかりいたのに」


「人は、変われますよ。いつからでも。あなたも、変われます」


「……ふん」


 彼女は鼻息だけを返し踵を返す。

 少しだけ背筋を伸ばしながら去っていった。


「……チェリさん。貴女は本当に、優しくて、強くて……美しい」


 アレクシオン様が、先ほどまでの凶悪オーラを完全に消し去り、いつもの甘く重たい、熱を帯びた瞳で私を見つめてくる。


「過去のしがらみは、これで全て消えましたね。……だから、そろそろいい頃合いでしょう?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ