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第27話 お仕置きの時間

 アレクシオン様が一歩、前に出た。

 たったそれだけの動作で、大気を震わせていた怪獣大戦争の喧騒が、嘘のように静まり返る。


 海竜のポチですら、本能的な死の危険を察知したのか、『あ、自分ちょっと用事思い出したんで』と言わんばかりに、ザザザッと海へ後ずさりしていく。


 お前、薄情だな!


「アレクシオン、様……?」


 私の声は、届いていないようだった。

 彼はゆっくりと、腰に提げた聖剣カリバーンを引き抜く。

 普段は神々しい光を放つその剣が、今はひどく冷たく、無機質な輝きを帯びていた。


『ピピピ……接近スル高エネルギー体ヲ検知。排除モードニ移行シマス』


 漆黒の骨竜が、ターゲットを私からアレクシオン様に変更した。

 巨大な顎が開き、周囲の魔素を根こそぎ吸い上げて、極太の暗黒のブレスが放たれる。直撃すれば、街の防壁ごと消し飛ぶ威力のそれだ。


「危ないっ――!」


 私が叫ぼうとした、その瞬間だった。


「――邪魔だ」


 低く、ひどく冷酷な声が響いた。

 アレクシオン様が、聖剣を無造作に片手で振るう。

 ただの横薙ぎ。

 詠唱も、派手な魔力解放の予備動作もない。

 だが、放たれた暗黒のブレスは、彼に届く数メートル手前で、まるでガラス細工のように『パキンッ』と音を立てて真っ二つに割れ、背後の空へと霧散した。


 私だけでなく、転がっていた四天王たちも目を剥いた。

 魔力を吸収するはずの骨竜の攻撃が、純粋な『剣圧』だけで叩き斬られたのだ。


()()()()()()()


 タンッ、と。

 アレクシオン様の輪郭がブレた。

 次の瞬間、彼は骨竜の頭上に立っていた。

 重力を完全に無視した、異常な身体能力。


「彼女の視界に、そんな醜いものを映すな」


 閃光。

 聖剣が描く軌跡が、文字通り光の網となって骨竜を包み込む。

 骨竜のトゲトゲしい装甲が、自己再生する暇すら与えられず、細切れの賽の目状に解体されていく。

 物理で砕けば再生する。魔力で攻撃すれば吸収される。

 ならばどうするか。

 答えはシンプルだった。再生速度を上回る速度で、細胞レベルまで物理的に切り刻む。それだけだ。


『うぴャァァァァァァッ!?』


 骨竜が断末魔の機械音を上げる。

 空を舞う漆黒の破片の中で、アレクシオン様の表情だけが、不気味なほどに静かだった。

 怒りすら浮かんでいない。

 ただ目の前にある邪魔な『ゴミ』を、事務的に、かつ徹底的に排除する処刑人の顔付き。


「塵すら残さず、消滅しろ」


 最後の一撃。

 聖剣から放たれた極大の浄化の光が、バラバラになった骨竜の破片を、灰すら残さずに完全消滅させた。

 あとに残ったのは、綺麗に晴れ渡った青空と、ポカンと口を開けた街の人々だけ。


「…………」


 亀甲縛りにされていたグラシエルが、ガタガタと震え出した。


「お、おい……あいつ、本当に光の勇者か?」


「我らが魔王様より、よっぽど容赦がないぞ……」と、フレイムベルグも青ざめている。

「あいつ絶対に怒らせちゃダメなタイプですぞ……」と、ネクローゼが涙目で私を見ている。


 言われなくても分かっている。

 私が一番、ドン引きしているのだ。

 何が怖いって、あんな無茶苦茶な戦闘をしたのに、彼の息が一つも乱れていないことだ。

 服の皺一つ乱れていない。


 アレクシオン様が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 そして、私の目の前まで来ると、聖剣を鞘に納め――。


「終わりましたよ、チェリさん」


 さっきまでの絶対零度の無表情が嘘のように、いつもの、太陽のように温かくて甘い、完璧な好青年の笑顔を浮かべた。


「これで、もう安心です」


「あ、ええと……うん」


 私は、彼の顔を引き攣った笑いで見つめ返すことしかできなかった。

 彼は、絶対に分かっていたはずだ。

 あの骨竜が、私が作った黒歴史の産物であることも。

 私がそれを止めるために、絶対に口にしたくないパスワードを言おうとしていたことも。

 全部わかった上で、私の『尊厳』を守るために、あえて彼が全てをぶっ壊したのだ。


 なんて重たくて、逃れようもない優しさなのだろう。


「怪我はありませんか? さあ、少し冷えてきましたね。今日はいっぱい頑張りましたし、仕事は早めに切り上げてデートでもしましょう」


 アレクシオン様は、ごく自然な動作で私の腰を抱き寄せた。

 その腕の力強さに、私は悟る。


 ああ。

 私、もしかしてこの人から一生逃げられないのでは。


 かつて世界を恐怖で支配した魔王は、ここにきてついに、光属性のヤンデレ勇者に完全に捕獲されたのだ。

 彼が用意した、甘くて優しくて、絶対に逃げ出せない『平和な隠居生活』という名の箱庭に。


「……えと、アレクシオン様」


 私は、半分諦めと、半分は悪くないという本心を混ぜて、曖昧に笑う。

 

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