第26話 尊厳死へのカウントダウン
「おおお……! あれはまさしく、我が君が作り出されし究極の最終兵器!」
「なんという禍々しさ! なんというトゲトゲしさ! ついにこの忌まわしき人類を滅ぼす時が来たのですね!」
私が絶望と羞恥に打ち震えていると、背後から非常に鬱陶しい、もとい、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、そこには感動のあまり滝のような涙を流すセバスティアンと、目をキラキラさせた四天王が並んでいた。
「我が君! 我らも微力ながら加勢いたしますぞ!」
「行けええええ! 暗黒殲滅機巧巨兵! この街を火の海にするのだ!」
グラシエルが手作りの応援うちわを振り回し、フレイムベルグが謎の掛け声に合わせて合いの手を入れる。
「あんたたち、状況わかってんの!? これ私の今の生活拠点をぶっ壊しに来てるのよ! そのうちわどこで調達したのよ!?」
私のツッコミも虚しく、事態はさらに斜め上のカオスへと突入する。
ズザザアァァァァッ!!
突如、街の南側に位置する港の方角から、巨大な水柱が天高く噴き上がった。
海水を撒き散らしながら陸地へ這い上がってきたのは、私が魔改造してしまった『海の災厄』――海竜のポチであった。
現在は船として偽装されているはずの彼だが、主人の危機そして巨大な敵の気配を察知して、本能のままに出撃してしまったらしい。
『ギュルルルルオオオオオオ!!』
『ずンッ……! むンッ……!』
鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げる海竜と、謎の駆動音を響かせる漆黒の骨竜。
二体の巨大生物が、ヴェルナの街の防壁を挟んで激突した。
ドゴォォォォン!!
「うわあああ! 怪獣大戦争だあああ!」
「終わりだ! この街はもうおしまいだ!」
パニックに陥る住民たち。
それを背景に「ポチ! いけー! 噛み砕けー!」と完全に観客モードで熱狂する四天王たち。
「……あんたたちは、引っ込んでなさい!!」
ブチッ、と。私の頭の中で、何かの糸が切れた。
私は目にも止まらぬ神速で地を蹴り、四天王たちの背後に回り込む。
港にあった荷揚げ用の極太ロープを引っ掴み、彼らを一瞬にして亀甲縛りにし、さらにフレイムベルグのマントを引きちぎると、猿轡のごとくデカい獲物の口に噛ませて地面に転がした。
「ふぐぅっ!?」
「んむーっ!!」
イモムシのように転がるデカい男たち。
その惨状を見た避難中の住民たちが、なぜか感涙に咽び泣き始めた。
「おお……見ろ! 聖女様が、街を守るために祈りの力で怪しい狂信者たちを制圧してくださったぞ!」
「なんと神々しい……! あんな太いロープを素手で引きちぎって縛るなんて、まさに神の御業!」
もはやツッコミを口に出す気力もない。
それよりも大問題なのは、目の前で繰り広げられている怪獣大戦争である。
ポチの牙が骨竜のトゲトゲしい装甲を噛み砕くが、次の瞬間、砕けた骨が黒い霧となって再結合し、瞬時に元通りになってしまう。
おまけにポチが吐き出した水流ブレスを、骨竜の装甲がスポンジのように吸収し、一回り巨大化したではないか。
「あ……」
そうだ。思い出した。
当時の私は、「敵の魔素を吸収して自己進化するチート仕様があったら、絶望感あって最高じゃない?」と考えて、あのアホみたいな自己再生&魔力吸収システムを組み込んでいたのだ。
つまり、物理で粉砕しても無限に再生するし、魔力で吹き飛ばそうとすれば吸収して巨大化する。
完全に機能を停止させるための手段は、ただ一つ。
マスター権限を持つ作成者――すなわち私自身が、直接『解除パスワード』を音声入力するしかない……。
私は震える脳細胞をフル回転させ、そのパスワードの条件を思い出した。
条件一:周囲に『観客』がいること。
条件二:右目を手で覆い、天を仰ぐこと。
条件三:マントあるいはそれに準ずる布をバサァッと翻すこと。
条件四:『沈め、紅蓮の涙! 我が封印の刻印に従え!』と、腹の底から絶叫すること。
「…………」
私は、絶望のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
無理だ。
いくらなんでも無理だ。
現在、街の人々は私を「清らかな聖女様」と崇め、隣には「爽やかで重たい光の騎士様」がいる。
そんな衆人環視の中で、右目を隠して「紅蓮の涙!」などと叫べば、私の社会的な尊厳は確実に死ぬ。
再起不能の即死である。
街が滅びるか。
私の尊厳が死ぬか。
究極の二択を突きつけられ、私の体はガタガタと制御不能な震えに襲われた。
どうしよう。どうすれば。
いっそポチごと彼方にぶん投げて証拠隠滅を――いや、それだと私の腕力がバレる。
「……チェリさん」
恐怖と羞恥でパニックに陥り、肩を抱いてガタガタと震える私。
その姿を、すぐ隣にいたアレクシオン様が、静かに見下ろしていた。
「……」
彼の瞳から、いつもの太陽のような温もりや、私を甘やかすような光が、スッと消え失せていた。
代わりにそこにあったのは、絶対零度の虚無。
勘違いだ。
いや、どっちだ。
嘘を貫き通そうとしている私を憐れんでいるのか。
「……チェリさんを、悲しませたな」
アレクシオン様の手が、腰に提げた聖剣の柄を握りしめる。
チャキ……、と。
冷たくて重たい金属音が鳴った瞬間、周囲の空気が一気に氷点下まで下がったかのような錯覚に陥った。
「いいでしょう。塵一つ残さず、僕が消し去ってあげますよ。楽しい楽しいお仕置きの時間です」
それは、勇者としての正義の宣言などではない。
彼の守る庭を荒らした害虫に対する、無慈悲な処刑執行の合図だった。




