第21話 お父さま襲来 前編
突然の訪問者はいつだって、災禍を呼ぶ。
台風一過のような穏やかな朝。
私とアレクシオン様は、彼の屋敷のサンルームで優雅に朝食を取っていた。
なんというか、その、すごく自然な流れで。
事の発端は数十分前。我が呪告館の敷地から脱走し、隣家まで逃げ出した鶏を追いかけた先でのことだ。
ちょうど朝の鍛錬を終えたアレクシオン様が、シャツを脱ぎ捨てて豪快に井戸水を頭から被っているところに、真正面から遭遇してしまったのである。
水滴が滴る引き締まった肉体と、朝日に輝く爽やかな笑顔。
……正直に言う。目の保養すぎた。
「あ、チェリさん! ちょうどパンが焼けたんです。食べていきませんか?」
そんな爽やかなお誘いを断る理由もなかったし、件の鶏がアレクシオン家の玄関先で「ここけっ!」と卵を産んでしまった以上、これを献上しないわけにもいかず。
結果、私は回収係のセバスティアン連れで、お隣さんの朝食卓に着くことになったのだ。
「チェリさん、このパン美味しいですよ。僕が焼いたんです」
「外はカリカリで中はふわふわ。アレクシオン様、お料理もお上手なんですね」
「えへへ、一人暮らし長いですから」
アレクシオン様は照れくさそうに笑い、焼きたてのパンを勧めてくる。
エプロン姿の勇者の末裔。
その無害で家庭的な笑顔を見ていると、私の胸の奥で小さな鐘が鳴るような、妙な動悸が起こる。
私の背後で給仕をしていたセバスティアンが、私の心情を代弁するかのように、口をパクパクとさせているのが気配で分かった。
脳内に、わざとらしいほど芝居がかった声が直接響く。
『――お嬢様、お顔が緩んでおりますよ。大変だ、これは恋の病ですな。特効薬は――』
うるさいわね!
念話で煽ってこないで!
確かに、この所、アレクシオン様を見ると変な感じがする。
病気だろうか。いや、聖女(仮)の私が病気など。
この変な感じの正体を突き詰めるのが、少し怖い気もするのだ。私はセバスティアンをジロリと睨みつけ、もやもやした思考をパンと一緒に飲み込んだ。
「そういえば、どうして一人暮らししてるの?」
私は誤魔化すように、以前から気になっていたことを尋ねた。
「アレクシオン様、確か由緒正しい貴族の家のご出身よね?」
「ああ、はい。実家は王都にあります」
「王都?」
「ええ。僕、王都の騎士団本部から、志願してこの辺境ヴェルナ支部に配属されたんです」
アレクシオン様は少し苦笑いをして、紅茶のカップに視線を落とした。
「それで、こちらの別宅に一人で……実は、騎士団長を務めている父から少し逃げてきた部分もあって」
「逃げたってまた物騒ね……」
「はい。父が、僕の結婚相手を勝手に決めようとしたので……」
その時、玄関のドアが、攻城兵器で突破されたかのような爆音と共に吹き飛んだ。
瞬時に反応した私とセバスティアンが、同時に防御結界を展開する。
それとほぼ同タイミングで、アレクシオン様がテーブルを蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、私を庇うように抱き寄せた。
「アレクシオーーーーーーーンッ!!」
ガラス窓をビリビリと震わせる大音量の咆哮。
「ひっ!?」
あまりの声量に驚いて、私はパンを喉に詰まらせそうになった。
対して私を抱きとめているアレクシオン様は、珍しく顔面蒼白になっている。
「ま、まさか……噂をすれば……」
破壊された玄関からズカズカと侵入してきたのは、アレクシオン様を一回り巨大化させ、筋肉という名の重装甲を着せたような壮年の男性だった。
立派なカイゼル髭。岩のような大胸筋。そして煌びやかな騎士団の制服。
何より特徴的なのは、その瞳が異様なほどキラキラしていることだ。光属性の権化がそこにいた。
「アレクシオン! 元気にしてたか、我が愛しの息子よ!!」
「と、父さん!? どうしてここに!?」
「どうしてとは何だ! 息子の顔を見るのに理由がいるか! ハッハッハ!」
男性は嵐のように笑い、部屋の空気を一瞬で支配した。
そして、アレクシオン様の腕の中で固まっている私と、背後のセバスティアンに気づいた。
「おや? 君たちは……」
「あ、初めまして。チェリと申します……ただの、隣人でして」
私が恐る恐る挨拶すると、男性は目を丸くした。
そして、アレクシオン様を見た。
私を見た。
またアレクシオン様を見た。
「アレクシオン」
「は、はい」
「これはもしや……」
男性の瞳が、さらに輝きを増した。まるで真夏の太陽を至近距離で直視したかのように眩しい。
「息子に! ついに! 好きな子ができたかーーーーっ!!」
「うわああああああ!!」
アレクシオン様が絶叫した。
「父さん、落ち着いて! 声が大きい!」
「落ち着いていられるか、 部下から報告を受けたんだぞ! いわく、支部長が最近、美しい聖女様と二人で市場を歩いている、とな! つまりデートだな!?」
「デートじゃなくて、ただの買い出しで……!」
息子の言い訳など聞く耳持たず、彼の父親はズンッと距離を詰め、私の両手をガシッと握りしめようとした。
熱い。物理的にも精神的にも、キャンプファイヤーのような熱量――。
パシッ。
だが、その大きな手が私に触れる寸前。
アレクシオン様が、迫る手首を万力のような力で掴んで止めた。
「父さん」
いつもの爽やかな声。
だが、その瞳の奥には一切の光がなく、唇だけが弧を描いていた。
「彼女が困っています。気安く、触れないでください」
「お、おう……?」
さすがの騎士団長パパも、息子の異様な圧力に押されて一歩引いた。
アレクシオン様はすぐにいつもの太陽のような笑顔に戻り、私を背後に隠すように立ち塞がる。
「君が噂の聖女チェリさんか! 美しい! そして何より聡明そうだ! うちの筋肉バカの息子にはもったいない!」
「お、お褒めいただき恐縮です……」
「おお、謙虚だ! 素晴らしい! 完璧、合格!」
勝手に合格を出された。
騎士団長パパはバシバシとアレクシオン様の背中を叩いた。
「アレクシオン、お前よくやった! 父さん感動したぞ! 辺境に来て正解だったな!」
「父さん……恥ずかしいからやめて……」
アレクシオン様は耳まで真っ赤にしている。
私も、顔から火が出そうだ。
好きな子って……そんな明確な関係じゃ……。
でも、即座に否定する言葉が、なぜか喉につかえて出てこない。
ちらりとセバスティアンを見ると、彼はスッと気配を消して壁の花になりつつ、最高に楽しそうな生温かい笑みを浮かべていた。
……後で覚えてなさいよ。




