表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/29

第22話 お父さま襲来 後編

「それにしても」


 嵐のような騒ぎが一段落し、セバスティアンが淹れ直したお茶を飲むと、騎士団長パパは急に真面目な顔になった。


「アレクシオン、お前……逃げるようにして王都を出て行ったのは、父さんが勝手に、お前の結婚相手を選ぼうとしたからか?」


 アレクシオン様は視線を逸らし、小さく頷いた。


「リヒテルシュタイン家の繁栄のために、しかるべき家柄の娘を、とか言っておられましたね」


「それは当然だろう! お前は名門の跡取りなんだぞ!」


「でも、僕は自分で選びたかったんです。 だいたい父さんだって恋愛結婚されるじゃないですか!」


 アレクシオン様は立ち上がった。

 その瞳には、かつて魔王を討った勇者の末裔としての、強固な意志が宿っていた。


「結婚は、家のためじゃなくて、自分のためにしたい。一生を共にする相手くらい、自分の心で決めたいんです」


「アレクシオン……」


「だから、自分の力で生きるために、どこまでやれるのかを知るために、ヴェルナ支部への配属を志願したんですよ」


 もう一人の勇者の末裔である騎士団長パパは、しばらく黙って息子を見つめていた。

 部屋に沈黙が落ちる。

 そして、彼は大きく息を吐き出した。


「父さんは、過保護すぎたようだな」

 そう、バツが悪そうに頭を掻いた。

「いつまでものんびりしているお前が心配で、つい道筋を敷いてやりたくなった。……すまん」

「父さん……」


「だがな」

 騎士団長パパは、ニッと笑って私を見る。

「お前が自分の意志で選び、その隣にいるのがこんなに素敵な女性なら、父さんは何も言うことはない。むしろ大歓迎だ!」


「ちょ、ちょっと! 巻き込まないでください!」


 私は慌てた。話が飛躍しすぎている。


「まだそういう関係じゃありませんから!」


 騎士団長パパはニヤリと笑った。


「つまり、これからそうなる、ということかなチェリ嬢?」


「そ、それは……っ」

「いや、えっ?」


 私とアレクシオン様は同時に言葉に詰まった。

 大人のからかい方って、本当に質が悪い。完全に逃げ道を塞ぎに来ている。


 その時、騒ぎを聞きつけたグラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼの三人が、窓の外から続々と集まってきた。


「チェリ様、ご無事ですか?」

「敵襲かと思って駆けつけたぞ!」

「すごい音でしたね」


 三人は騎士団長を見て固まり、騎士団長もまた、三人を見て固まった。


「……この気配」

 騎士団長の目が鋭くなる。歴戦の武人の眼光だ。

「ただ者ではないな……」


 空気がヒリついた。バレたか?

 私が指先に魔力を込めようとした瞬間、アレクシオン様がすっと私の前に立ち、パパの視線を遮った。


「父さん、紹介します。こちらはチェリさんのご家族にも等しい方達で、僕の……友人たちでもあります」


 笑顔。

 だが、その声のトーンは、先ほどまでの爽やか好青年のものではなかった。

 ――『チェリさんに仇なすなら、たとえ父親でも容赦しない』。

 そんな無言の圧力が、光属性のオーラと共に放射される。


「アイスクリーム屋のグラシエルさん、鍛冶屋のフレイムベルグさん、学校の先生のネクローゼさんです」


「ど、どうも……」

「よ、よろしくお願いします……」


 三人は、珍しくぎこちなく挨拶した。

 なにせ相手は、三百年前の宿敵の子孫であり、現役最強の騎士団長だ。


 騎士団長パパは、じっと三人を観察していた。

 張り詰める緊張感。

 しかし次の瞬間、彼は次第に強まる息子の圧力(ヤンデレオーラ)に気づいたのか気づいていないのか、ニカッと笑った。


「良い顔をしている! アレクシオン、お前は実に良い仲間に恵まれたな! 少しばかり地味で小規模だが、この街は良いところだ!  息子をよろしく頼むぞ!」


 騎士団長パパは、グラシエルたちの肩をバンバンと叩いた。

 グラシエルたちは、あからさまにホッとした顔をした。

 さすが親子、鈍感力が高いのか。もしくは、大海原のように広き心を有しているのか。


「それにしてもだな」


 パパは、セバスティアンを含めた全員を見回し「チェリ嬢は、こんなに多くの頼もしい仲間に囲まれているのか。やはり聖女には人を惹きつける人徳があるのだな!」と、一人で納得して感動している。

「君のご家族には、我が息子のことを話したのか?」


「家族……ですか」


 少し言葉に詰まる。

 アンブロシア家のことは思い出したくもないし、今の私には血の繋がった家族はいない。


「実は、私……身寄りがなくて」


 その言葉に痛ましいものを見るような、それでいて限りなく優しい目をした。


「なら、私と家族になればいいではないか。アレクシオンと結婚すれば、君もリヒテルシュタイン家の娘になる! 遠慮なく父さんと呼んでくれて構わんぞ。お父さまでも、パパでも、ダッドでも構わん」


「け、結婚って……だからまだそんな……!」


「うむうむ準備は早い方がいい。式場は王都の大聖堂か? それともこの街か? いややはり大聖堂で盛大に」


 暴走機関車だ、この人。

 外堀どころか、城門から強行突破しようとしてきている。


 その日の夜、騎士団長パパは帰らなかった。


「今日は久しぶりに息子と酒を酌み交わす」


 そう宣言して、アレクシオン様の家に居座った。


 夕食は、元魔王軍四天王も交えて全員で大鍋料理を囲むことになった。

 リヒテルシュタイン家秘伝の出汁を惜しみなく使った、騎士団本部でこよなく愛されている料理だそうだ。

 カオスな食卓だが、不思議と居心地が良い。


「それで、アレクシオン」

 パパが、ワインを煽りながら言う。頬は上気しており、完全に酔っぱらいの顔付きである。

「告白はしたのか?」


「ぶっ!」


 アレクシオン様が盛大にワインを吹き出した。


「ちゃんと想いを伝えないと、他の男に取られるぞ。チェリ嬢はモテそうだからな」


「父さんっていちいち声が大きいですよね!」


 私は、赤面して慌てる彼を見て、思わずクスリと笑った。

 余裕こいて微笑んでいるばかりじゃなく、やっぱり肉親を前にすると、作っている態度が崩れるんだな。可愛い所もあるじゃない。ヤンデレ成分を蒸発させたら、かなりの優良物件だ。お金持ちの実家、強くて頑丈そう。たぶん健康。結婚したら毎日おいしいパンを焼いてもらえるかもしれない。

 ……いけない。無自覚な餌付けに絆されかけている。

 私はただ隠居したいだけで、ヤンデレ疑惑の光属性と一生を添い遂げる覚悟なんて。


 翌早朝。嵐のような騎士団長パパは、帰ることになった。


「アレクシオン、元気でな。たまには王都にも顔を見せろ」


「はあ、父さん。たまには帰ります」


「チェリ嬢、愚息をよろしく頼む」


「はい……」


 騎士団長パパは、最後に息子の耳元で何かを囁いた。


「ちゃんと男を見せろよ。逃げるなよ」


 そして来た時と同じような声量で、ハッハッハと豪快に笑い、馬に乗って去っていった。


「良い報せを楽しみに待ってるが、授かり婚はダメだぞ」


 砂煙を上げて去っていく背中を見送り、私とアレクシオン様は呆然と並んで立っていた。嵐が去った後の静けさが、妙にこそばゆい。


「ごめんなさい、チェリさん。僕の父が騒がしくて……」


「いえ、大丈夫よ」

 私は引き攣りそうになる頬を必死に抑えて笑った。

「お父様、とても素敵な方ね。貴方のことを心から愛しているのが伝わってきた」


「そうですね……ちょっと重いですけど」


 成程、アレクシオン様のヤンデレはお父さま譲りなのだな。


「あの……チェリさん、父の話ですが」


 アレクシオン様は顔を赤くし、真っ直ぐに私を見た。

 その瞳に、いつもののほほんとマイペースな色はない。

 完全に狩人の目になっている。


「まだ色々と準備ができてなくて」


「……準備?」


「はい。一生に一度のことだから、ちゃんと格好つけたいので……逃げずに、もう少しだけ、待っていてくれますか」


 彼の真剣で重たい声が、私の胸を貫いた。

 ――逃げずに、って言ったわね、今。


 隣の屋敷の窓から、セバスティアンやグラシエルたちがニヤニヤしながら手を振っていた。


「お二人さん、いい雰囲気ですねー!」

「春ですねえ。主もついに年貢の納め時ですか」


 私は照れ隠しの八つ当たりに、指先を軽く鳴らす。


 純粋に魔力を圧縮しただけの空気砲で撃たれた四天王が、バタバタと窓の向こうに消えていくのを横目に、私はどうやってこの光の包囲網から逃れるか、必死に現実逃避を始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ