第19話 禁呪遺物と観測者 前編
ネクローゼが魔法学校の教師として採用され、元魔王軍幹部四天王が全員この街に落ち着いた頃。
「絶対ろくな一日にならない気がする」
理由は簡単だ。
朝食で、平飼い鶏の生みたて卵を割ったら、黄身が二つでてきたのだ。
完全な危険信号である。
私の人生の経験上、誰かにとっての「幸運っぽい現象」が我が身に起こると、必ず世界が余計なことをする。
「まあいいわ。今日は洗濯して、昼寝して、午後からアレクシオン様と市場に買い出し行くって約束してるんだっけ――」
安心、安全、安寧生活。
静かに騒がずをモットーとしているのだけれども。
「チェリさーん!! 大変です!!」
ドアを叩く音と共に、隣家の青年が血相を変えて転がり込んできた。
「今度は何? フレイムベルグがまた鍋を爆発させた? それともグラシエルの冷気で鶏が凍った?」
「い、いえ! 普通に事件です! 町の人たちが次々と寝込んでて……!」
アレクシオン様の言葉に、私は思わずスプーンを置いた。
「……具体的な症状は?」
「えっと、頭痛、寒気、倦怠感。あと、なぜか『腰に巻いた布から変な呻き声がする』って」
「………………」
脳内で、三百年前の黒歴史帳が自動的に開いた。
腰……布……音……。
嫌な予感が、絶望的な確信に変わる。
「それ、どこで手に入れたって?」
「先日、外国から入って来た商船が持ち込んだみたいで。健康促進の魔導具として、無償で配られてて……」
「外国ってどこよ」
「神聖国アテネインの属領、アルバイン島」
私は思わず天を仰いだ。
黄身二つの代償は、過去に私が放置した『禁呪遺物』が日の目を見て、一般人の手に渡ってしまった事だった。
「……あれを健康促進って分類したの誰よ……」
「まさか、チェリさん。何か心当たりが?」
ものすごく気の毒そうな顔で、アレクシオン様が私の顔を覗き込んでくる。
ちょっと!
私、今、上向いてるんだけど!
その至近距離から見下ろされたら、危ないじゃん!
角度的に!!
顔面偏差値の暴力に耐えきれず一歩後ずさると、アレクシオン様の向こうで、生暖かい微笑を浮かべているセバスティアンと目が合った。
蹴散らかすぞ!
★
そのまま町の中央広場へ向かうと、惨状が広がっていた。
「うぅ……この腹巻き、あったかいけど……なんか呻くんだ……」
「昨夜、夢の中で世界の構造を理解しかけました……」
「それ理解しかけちゃダメ!」
私は全力で突っ込んだ。
広場に、問題の『腹巻き』が山積みになっている。
聞きつけたのか、グラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼも既に駆けつけていた。
「チェリ様、これは」
グラシエルが眉をひそめる。
「何か嫌な気配がするぞ」
フレイムベルグが腹巻きに手をかけた。
こら!
勝手に触るんじゃない。筋肉に謎の知識がインストールされるわよ!
「この波動……確か……」
ネクローゼが目を細めた。
私は観念した。
――正式名称、『万象最適化補助装置(試作品)』。
三百年前に「人類の生活をちょっと楽にしよう♪」という深夜の軽いノリで作り、その直後にヤバさに気づいて三日で地中深く封印した禁呪遺物である。
「なんであんなに残ってるのよぉ……」
しかも今は、完全にダサい腹巻き扱いである。
「……落ち着け。誰も死んでないし。まだバレてない。たぶん」
私は深呼吸し、そっと手を伸ばして山積みの腹巻きに指先で触れる。
そして、誰にも聞こえないよう、音にならない声で囁きを落とす。
「封印せし力よ、今こそ解き放て……いや違う、眠りにつけ! 『永久:封印』!」
くっ、また中二病の技名、言っちゃった。
次の瞬間。
ぽんぽこぽぉーん!
元禁呪遺物が、ただの『保温性の高い布』へと変質する。
町の人々は一斉に目を瞬かせた。
「あれ? 体が軽い」
「頭痛が消えたぞ!」
「世界の真理が逃げていった気がする……」
それでいい。
一生知らないままでいて大丈夫。
問題ない。
「たぶん……湿気てたのよ。古そうだし、誰がこんなカビ臭いの引っ張り出してきたの」
「湿気で世界の真理が……?」
「あるある!」
その瞬間、アレクシオン様がぽつりと呟いた。
「……もしかして、チェリさんって……」
私の背筋が凍りつく。
いま、この場で確信を付くような会話はノーモア!
「……すごく……健康運がいい人なんですね?」
「…………そう!」
私は勢いよく頷いた。
「私、昔からそうなの! 私の周りにいるとなぜかみんな健康になるの! たまたま! 本当にたまたま!」
「なるほど……」
「すごいな……」
「さすが聖女さま……ありがたい……」
天然勇者の謎の解釈で納得していく町の人々に、引き攣りながら笑みを返し、私は心の中でこっそり勝利の涙を流した。
だが、アレクシオン様はまだ何かを言いたそうな顔をしていた。
そして、私の耳元に顔を寄せ、甘く囁くように言った。
「チェリさんって、本当に不思議で……やっぱり、かわいくて目が離せませんね」
そう言って、柔らかく微笑んだ。
片手に、呪物から無害な腹巻きへと変質した布を大事そうにぶらさげたまま。
お願い、ヤンデレムーブかましながらそれ持って帰らないで。
シュールすぎる。
★
自宅に戻り、セバスティアンが紅茶を淹れながら、ぽつりと言う。
「今日の件ですが」
「聞かないで」
「観測値に微細な揺らぎありという報告が、どこかへ送られたようです」
「観測って誰に……どこかってどこよ」
「我が使役魔、セバスちゃん1号2号はあまり知的会話能力が高くないので、私にもわかりかねます」
「それ使い魔としては致命的なんじゃないの」
思わず、テーブルの上でクッキーを頬袋に詰め込むことに必死になっている毛玉の背中を指で突くと、バタッとその場に倒れた。
「死んだ!?」
「敵に遭遇した際、このように仮死状態になるんですよ」
「いや……使い魔として失格じゃない!? てか私、敵認定されてるの?」
「ところで、チェリ様」
セバスティアンが、本当に嬉しそうに意味深に微笑んだ。
「――『永久:封印』」
「やめてよ!」
「今日も世界は、無事に平和ですね」
なお、その裏で「呪いの腹巻きから街を救った謎の聖女と、彼女を熱い眼差しで見つめる騎士団支部長の親密な関係について」という噂が、クラーリスの手によって静かに尾ひれも胸ひれも満載につけて、広まり始めていたことを、当然、私はまだ知らない。




