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第18話 元悪役令嬢の嗜み 後編

 クラーリスの手配によって、私たちはガーベラ伯爵主催の夜会に潜入することになった。


 久しぶりに袖を通したドレスは、淡い空色の上質なシルク製。

鏡に映る自分を見て、私はなんとも言えない奇妙な感覚に襲われる。

 かつてのアンブロシア公爵家時代は、ツギハギだらけのボロボロのお下がりばかり着せられていた。

 逆にヴェリタス時代は、黒を基調とした露出度の高い、トゲトゲしいデザインばかりを好んで着ていた。

 だから、こんな普通の深窓の令嬢のようなドレスを着るのは、生まれて初めてかもしれない。


「あら、意外と悪くなくてよ? 素材が良いと何を着ても映えますわね」


「あたりまえでしょ!」


 クラーリスの助手という名目で、簡単な変装をして私は同行する事になった。


 隣には、血のように鮮やかな真紅のドレスを纏い、黄金の縦ロールを揺らすクラーリスがいる。

 毒々しいほど華やかな彼女と対比すると、私は欲目に見ても清楚で大人しい令嬢に見えるはずだ。

 これが彼女の計算によるものならば。

 クラ―リス……想像以上に出来る子だわ。


 会場となる大広間は、シャンデリアの眩い光と、むせ返るような香水の匂いで満たされていた。

 楽団が奏でる優雅なワルツに、グラスが触れ合う軽やかな音。

 しかし、その華やかさの裏では、あちこちで貴族たちの悪意に含ませたヒソヒソ話が飛び交っている。


「おい、あれを見ろ。クラーリス嬢じゃないか?」


「実家が没落したというのに、よく顔を出せたものだ」


「なんと厚顔無恥な……」


 好奇と侮蔑の視線が突き刺さる。

 しかし、クラーリスは扇子で口元を隠し、胸を張って堂々と回廊を歩く。

 その姿には、一欠片の恥じらいも卑屈さもない。

 むしろ、「もっと噂の的にしなさい」と言わんばかりのオーラが周囲を圧倒していた。


 ――自己肯定感の化け物だわ、この子。

 私は内心で感嘆しつつ、彼女の少し後ろを大人しくついて歩いた。


「あら、ガーベラ伯爵。ご機嫌よう」


 クラーリスは、広間の中央で談笑していた伯爵を見つけると、流れるような所作で挨拶をした。

 没落して爵位を失っても、幼い頃からその身に叩き込まれた礼儀作法は、一ミリも錆びついていない。


「おお、クラーリス嬢か。……君の実家のことは残念だったね」


 伯爵は哀れみの目を向けたが、その奥には「落ちぶれた娘が何の用だ」という侮りが見え隠れしている。


「お気遣い痛み入りますわ。ですが、今は商売人として楽しくやっておりますの」


 クラーリスはパチリと扇子を広げ、意味深に微笑んだ。


「商売人?」


「ええ。()()()、ですわ」


 彼女は一歩踏み出し、伯爵との距離を詰める。


「ところで伯爵。貴方様が最近熱心に追いかけておられる――『聖女の正体』について、決定的な証拠が手に入りましたの」


「なに!?」


 退屈そうだった伯爵の目が、見開かれた。

 魚が餌に食いついた瞬間だ。


「実は……」

 クラーリスは声をひそめ、伯爵の耳元に囁くように語りかける。

「彼女は、北の軍事大国ヘイムダンゼの第三王女ですの」


「王女……だと?」


「ええ。王位継承争いに敗れ、身分を隠してこの国へ亡命してきたのですわ。あの常識外れの強大な魔力も、北の王家に代々伝わる『氷狼の秘術』によるもの」


「な、なるほど……! 魔王ヴェリタスの生まれ変わりなどという馬鹿げた噂より、よほど辻褄が合う!」


 クラーリスの語り口は巧みだった。


 「ここだけの話」「極秘情報」というスパイスをふりかけ、伯爵の「真実を知る特別な自分」という自尊心をくすぐりながら、嘘の情報を真実として脳内に植え付けていく。


 ちょっとおお。

 こんな所で、名前を呼んではいけないあの人(魔王ヴェリタス)の名前を口にしないでよ。


「この情報、伯爵だけに特別にお教えしましたのよ? 他言無用でお願いしますわね」


「うむ、うむ! もちろんだとも! 感謝するぞ、クラーリス嬢!」


 伯爵は完全に信じ込んだ顔で、満足げに去っていった。


「北の王女」がいるとなれば外交問題になる。

 もううかつに手は出せないはずだ。

 ……チョロすぎて実に平和だ。


 ★


 帰りの馬車の中で、クラーリスは高らかに笑った。


「おーっほっほっほ! 見ました? あの伯爵の顔! 完全に信じていましたわ!」


「すごいわ、クラーリス。本当にプロの情報屋みたい」


「みたい、ではありませんわ。プロですのよ」


 彼女は得意げにふん、と鼻を鳴らした。


「これで伯爵は、魔王説を捨てて亡命王女説を信じ込みますわ。そしてその噂が広がれば、王宮も外交問題を恐れて貴女に手出しできなくなります」


「完璧ね……ありがとう、クラーリス」


「礼には及びませんわ。これはお仕事……と言いたいところですが」


 彼女はふと、窓の外に流れる夜景に視線を逸らした。


「……貴女には、借りを返しておきたかったんですの」


「借り?」


「ええ。あの日、貴女に負けたおかげで、わたくしは――ただの我儘な令嬢から卒業できましたもの」


 彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。

 夜会の時とは違う、年相応の少女の顔だった。


「自分の足で立ち、自分の頭で考え、稼ぐ。……今の生活の方が、ドレスを着飾ってただお人形のように座っていた頃より、ずっと刺激的ですわ」


「そっか……強くなったのね」


「当然ですわ! いつか貴女より有名になって、この国一番の女になってみせますわよ!」


 こうして、クラーリスは私たちの専属情報屋として、正式に契約を結ぶことになった。


 ★


「報酬は弾みますから、今後とも頼みますよ」


 後日、セバスティアンが言うと、クラーリスは目を輝かせた。


「お任せくださいませ! 勇者様のゴシップから魔王軍の黒歴史まで、どんな情報も管理してみせますわ!」


「黒歴史っぽいのには安易に触れないようにお願いね……」


 私が釘を刺すと、彼女はニヤリと悪戯っぽく笑った。


「そうそう、チェリさん。最後に一つ、とっておきの情報ですわ」


「何?」


「アレクシオン様が先日、王都の最高級宝石店で指輪を購入されたそうですわよ」


「えっ」


「しかも、お給料三ヶ月分を優に超える、とびきり重たいやつを……。サイズ直しもなしに即決だったとか。おーっほっほっほ! 楽しみですわね!」


 クラーリスは意味深に片目をつぶって、嵐のように去っていった。

 残された私は、顔から火が出るほどの赤面状態で立ち尽くす。


 指輪?

 アレクシオン様が?

 誰に……いや、まさか……!


 あの「光のヤンデレ」疑惑がある男が、私に重たい指輪を用意している?

 魔王だと勘付いているくせに、逃げ道を塞ぐように物理的な契約を迫ろうとしている!?


 遠くから響くクラーリスの高笑いは、いつまでも街にこだましていた。

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