第17話 元悪役令嬢の嗜み 前編
――自己肯定感が高い女は、人生を立て直すのも早い。
元魔王軍幹部が次々と復活し、私の平和な隠居生活が賑やかなお祭り騒ぎへと変わり果てた翌週のこと。
薬屋のカウンターで店番をしていた私は、どこか濃ゆい気配が確実にこちらに向かってきているのを感じ取って顔をあげた。
目の前に立っていたのは常連客のおばさん。
「聖女様、いつもの傷薬を……」
そこで、客の声が、不自然に途切れる。
彼女の視線は店の入り口に釘付けになっている。
そこには、この裏通りには不似合いなほど派手な色彩が立っていた。
黄金の縦ロール。
目に痛いほど鮮やかな真紅のドレス。
そして、天井を突き破らんばかりに反り返った背筋。
見覚えがありすぎる。
「ク、クラーリス!?」
かつて私に決闘を挑み、そしてスライム亜種を生み出して自滅した、あの典型的な悪役令嬢だった。
「おーっほっほっほ! お久しぶりですわね、偽物の聖女チェリ」
扇子で口元を隠すポーズ。
鼓膜を震わせる高周波の笑い声。
変わっていない。
何一つ変わっていない。
まるで時が止まっているかのようだ。
「あ、貴女……確かご実家が失脚して、爵位剥奪されたって聞いたけど……」
「おかげさまで一文無しになりましたわ」
なぜか胸を張って答えた。
どういうメンタル構造をしているんだ。
「お父様は横領がバレて投獄。お屋敷は没収。使用人も全員解散。今のわたくしは正真正銘の無一文ですわ!」
「――なんでそんなに前向きなの」
「わたくしは諦めませんでしたの!」
クラーリスはビシッと私を指差した。
「負けたまま終わる人生なんて、わたくしのプライドが許しませんもの。泥水をすすってでも這い上がり、今度こそ貴女に勝つ! それがわたくしの生きる糧ですわ!」
私は頭を抱えた。
このバイタリティだけは、魔王軍幹部にも匹敵するかもしれない。
「待って、クラーリス。今度は何で勝負するつもり?」
「勝負?」
クラーリスはきょとんと首を傾げた。
ツインドリル型縦ロールがバネのように弾む。
「何を言っていますの? 今日は勝負をしに来たのではありませんわ。わたくし、貴女に営業に来たんですの」
「営業?」
「そうですわ」
クラーリスは懐から一枚の名刺を取り出し、スッと差し出した。
そこには達筆な文字でこう書かれていた。
――クラーリス情報商会 代表
「実は、わたくし……情報屋になりましたの」
「情報屋!?」
「実家が失脚してから、生きるために貴族社会の裏側をドブさらいのように調べ尽くしましたの」
クラーリスは、意外にも真面目な仕事人の顔をした。
「そこで気づきましたの。わたくしの持っている無駄に広い人脈と、悪役令嬢としての悪知恵、そして地獄耳。これらを組み合わせれば、情報を商品にできると!」
「へえ……意外と逞しいじゃない」
「おーっほっほっほ! 褒めても値引きはしませんわよ」
相変わらず高笑いは健在だが、その瞳には以前とは違う、自立した女性の光が宿っている。
「それで、今日は貴女にとびきりのネタを持ってきましたの」
「ネタ?」
「ええ。貴女の命に関わる、特ダネですわ」
クラーリスは声を潜め、扇子で口元を隠した。
「貴女の正体に関する黒い噂……もちろん、買いますわね?」
私の背筋が、一瞬にして凍りついた。
「私の……正体?」
「そうですわ。最近、いろいろと囁かれていますの、ご存じない?」
クラーリスは一枚のメモをテーブルに置いた。
――魔王ヴェリタスの残した遺産について
「!!」
「さらに、元魔王軍の幹部たちが街に潜伏し、国家転覆を狙っている、とも。……まあ、半分は当たっていますわよね?」
「転覆は狙ってないわ!」
まずい。非常にまずい。
平穏な隠居ライフが根底から覆る危機だ。
「ど、どこまで、その噂広まってるの?」
「今のところ、ガーベラ伯爵とその周辺だけですわ。でも、時間の問題ですわね」
クラーリスは真剣な眼差しで言った。
「それで、わたくしが来たんですの」
「どういうこと?」
「わたくし、この噂を握りつぶして差し上げますわ!」
彼女は力強く宣言した。
「だって、貴女は確かにムカつくくらい強いけれど、悪い人じゃありませんもの」
彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「あの対決の後、悔しくて色々調べましたの。貴女が街の人々をどれだけ助けているか。……そんな貴女が、つまらない噂で潰されるなんて、わたくしの美学に反します」
「クラーリス……」
「勘違いしないでくださいまし。これはあくまでお仕事ですわ。わたくしの腕前を見せるための、販売促進運動ですのよ!」
★
クラ―リスのお陰(?)で、私は四天王に緊急招集をかける羽目になった。
場所はもちろん、我が呪告館の狭いリビングである。
ちなみにアレクシオン様は定期見回りとのことで、すでにセバスティアンとお茶を飲んでいた。
知らないうちに光属性によって、安息の闇がじわじわ浸食されている。
セバスティアンあんたそれでいいの?
「つまり、バレかけていると?」
グラシエルが眉間に皺を寄せる。
「俺たちが全員で乗り込んで、その伯爵ってのを物理的に脅せば解決だ!」
「ダメです」
フレイムベルグの脳筋提案を即座に却下する。
「そんなことしたら、やっぱりあいつら悪の幹部だったって答え合わせすることになるでしょ」
先ほどから黙り込んで話を聞いていたアレクシオン様が、立ち上がる。
「ベリーベリーソース様の精霊信仰が、邪教として弾圧されようとしているんですね! 僕の聖剣で彼らを説得してきます!」
「ややこしくなるから、あんたは黙って座ってて!」
「それなら、わたくしにお任せあれ!」
クラーリスが、錚々たる面々を前にしても全く物怖じせず、胸を張って前に出た。
「情報戦こそ、わたくしの独壇場。嘘を嘘で塗り固め、真実を闇に葬る……それこそが悪役令嬢の嗜みですわ!」
「具体的には?」
「噂の出所であるガーベラ伯爵に、もっともらしい偽情報を掴ませるんですの」
クラーリスは抱えて来たどでかい巻紙をテーブルに広げ、図を描き始めた。
「聖女チェリは、実は『北の大国から亡命してきた王女』である。という噂を流しますわ」
「お、……王女?」
「ええ。魔王復活なんて荒唐無稽な話より、政治的な陰謀論の方が、腐った貴族たちは信じやすいんですの。真実味のある嘘こそが、真実を隠す最高のヴェールになりますわ」
ネクローゼが、感心したように顎を撫でた。
「なるほど。情報を情報で上書き保存するわけですね。……悪くない。大衆心理をよく理解している」
「でしょう? この作戦、名付けて『お姫様は亡命がお好き』作戦ですわ」




