第15話 聖剣説得大作戦 後編
「多分……寂しかったからだと思う」
『寂しい?』
「ええ。三百年前の私は、強かったかもしれない。でも、誰も私の隣にはいなかった。恐怖で人は縛れても、心は縛れなかったの」
私は胸に手を当てた。
「今は違う。叱ってくれる執事がいて、呆れながらも付き合ってくれる厄介な仲間がいて、そして……こうして私をただの『チェリ』として話してくれる人がいる。世界征服なんかより、みんなでお茶を飲む時間の方が、ずっと尊いって気づいたの」
カリバーンは、静かに私の言葉を聞いていた。
やがて、その刀身が柔らかく、暖かな光を帯びた。
『……ふうむなるほどな』
納得したような、優しい響きだった。
『貴様の魂、確かに見届けた。今の貴様は、討伐すべき相手ではない』
「うん」
『貴様は……守るべき……ただの……心優しき娘……Zzz……』
また寝た。
「カリバーン! いいところだったのに!」
それから三回ほど寝落ちと起床を繰り返し、ようやく聖剣は覚醒した。
『ええい! 結論を言う!』
カリバーンがビシッと浮遊する。
『今日から、貴様の守護剣となる!』
「え、なんで?」
『三百年前は貴様の首を斬ったが、今度は貴様を守るためにこの刃を振るおう! それが、新時代の聖剣の在り方だ!』
かつての処刑人が、最強のボディガードになった瞬間だ。
まあ、ものすごく微妙な気持ちなんだけど。
「ありがと、カリバーン」
『礼には及ばん。これも、時代の……流れ……という……むにゃ……Zzz』
四回目。
私はもうツッコむのも面倒くさい。床に転がった聖剣からは、リズミカルな寝息が聞こえてくる。
「素晴らしい……!」
不意に、背後から鼻をすする音がした。
振り返ると、アレクシオン様が感動のあまりボロボロと大粒の涙を流していた。
「チェリさん……! 僕の家の聖剣が、あなたの優しさと清らかさを認めて、自ら守護を申し出るなんて……! やはりあなたは、精霊に愛された真の聖女だ!」
「いや、ただのボケたおじいちゃん剣に懐かれただけというか……」
「決めました! カリバーンは僕の家にあるより、チェリさんの側にあるべきです! 今日からこの剣は、チェリさんの護身用としてお貸しします!」
「えっ!? いらない! 重いし目立つし!」
「遠慮しないでください! さあ、僕が貴女のお屋敷まで運びますから!」
アレクシオン様は、いびきをかく聖剣を大事そうに抱え上げ、ズンズンと隣の我が家へと歩き出してしまった。
「ああもう! ちょっと待って!」
私が慌てて後を追って自宅のリビングの扉を開けると、そこには、いつの間にか集まっていた四天王たちが、優雅に紅茶を飲んでいた。
「お帰りなさいませ、チェリ様。……おや? その剣は」
セバスティアンが、アレクシオン様の抱える白銀の剣を見て目を細める。
「ああ! 聖剣カリバーンが、チェリさんの高潔さに打たれて守護剣になったんです! 今日から、皆さんと一緒にチェリさんをお守りするおじいちゃんです!」
アレクシオン様が満面の笑みで聖剣をテーブルの上にドンッと置いた。
グラシエル、フレイムベルグ、ネクローゼの三人が、かつての宿敵の登場に、一斉に渋い顔をする。
「……また面倒なものが増えましたね」
ネクローゼがこめかみを押さえる。
「しかも、寝てるし」
フレイムベルグが剣をツンツンとつつく。
『むにゃ……魔王級の気配が……四つも……まあいい……わしは寝る……Zzz』
カリバーンが寝言を言いながら、鞘もないのにカタカタと心地よさそうに震えた。
「ああ、もう! 私の平穏な隠居生活、どうしてこうなるのよ!!」
四人の元魔王軍幹部と、光属性の勇者の末裔、そして居座るボケ老人の聖剣。
私がテーブルに突っ伏して叫んでいると、四天王たちは「仕方ありませんな」「これもチェリ様の人徳ですよ」と口々に言いながら、キッチンへとお茶菓子を取りに向かった。
リビングに、私とアレクシオン様、そして寝ている剣だけが残される。
「……それにしても」
不意に、アレクシオン様が声を落とした。
先ほどまでの太陽のような底抜けの明るさが消え、海より深い青い瞳が、じっと私を見下ろしている。
「というか、チェリさんって、本当に前世の記憶とかあるんですか?」
「……え?」
心臓が、ドクンと跳ねた。
「魔王ヴェリタス? 貴女が?」
静かな、けれど逃げ場のない問いかけ。
ド直球で核心を突いてくるアレクシオン様に、私は脳内で高速演算をはじき出す。
言うか。言わないか。
誤魔化すか。笑い飛ばすか。
彼の天然フィルターは、もしかして。
冷汗が吹き出してくる。
「え、えっと……」
私は引きつった笑みを浮かべ、探るように言葉を返した。
「そ、そうだったら……どう思います?」
アレクシオン様は、ふわりと、いつものような爽やかな笑みを浮かべた。
ただし瞳の奥には、光が一切宿っていなかった。
怖いんですけどおおおお!
「どうも思いませんけれど。……困ります」
「こま、る……?」
「ええ」
アレクシオン様は、テーブルの上にある私の手に、自分の大きな手をそっと重ねた。
逃げられないほどの、強くて熱い拘束力。
「だって、もし貴女が本当に魔王なら――」
彼は私の耳元に顔を寄せ、甘く、恐ろしい声で囁いた。
「――僕は、貴女を討伐さなければいけなくなりますからね」
「……っ!」
「だから、貴女は『ただの可愛いチェリさん』でいてください」
背筋が凍りつく。
アレクシオン様は私の手からパッと離れると、何事もなかったかのように立ち上がり、キッチンから戻ってきた四天王たちを爽やかな笑顔で出迎えた。
「あ、グラシエルさん! そのクッキー、チェリさんが焼いたやつですよね? 僕もいただいていいですか!」
「勇者の末裔に食わせる菓子などありませんよ」
「冷たいなあ。あ、チェリさん、お茶淹れますね!」
太陽のように笑う、勇者の末裔。
私の平穏な隠居生活。
……待って。
この光属性の男が、一番ヤバい爆弾だったんじゃないの!?
カリバーンの呑気ないびきが響く中、私は一人、静かに自作の万能霊薬を取り出したのだった。




