第14話 聖剣説得大作戦 前編
三百年前に私の首を斬り落とした剣が、今度は私の味方になってくれるらしい。
ありがたい……のか?これ。
翌朝。
私は薬屋のカウンターで頬杖をつき、平和そのものの街並みを眺めていた。
元部下が次々と復活して中二病を披露するという濃密なイベントラッシュに見舞われたため、今日こそは何事もない一日であってほしいと切に願う。
「聖女様、いつもの傷薬をください!」
「はいはい、毎度あり〜。無理しないでね」
常連客とのやり取りも板についてきた。
このまま静かに、平穏に時が過ぎればいい。
だが、私の平穏への祈りは、勢いよく開かれたドアの音によって呆気なく砕かれた。
「チェリさん! 大変です!」
アレクシオン様が、かつてないほどの慌てぶりで店に飛び込んできた。
息を切らし、顔色は蒼白。いつものポジティブオーラが完全に消え失せている。
「どうしたの? 魔物がまた出たとか?」
「違います! 聖剣が……我が家のカリバーンが!」
「ひっ、せ、聖剣がどうかしたの?」
「目覚めたんです! そして、暴走し始めて……!」
私の背筋に、冷たいものが走った。
三百年前、私の首を物理的に落とした、あの無駄に切れ味のいい聖剣が?
「まさか……」
「『とてつもなく邪悪な気配が隣の家からする!』って、家中で錆を撒き散らして大暴れしてるんです!」
やっぱり!!
★
アレクシオン様の邸宅に駆けつけると、そこは台風が直撃したかのような惨状だった。
高級そうな花瓶は粉々に砕け散り、カーテンはズタズタに引き裂かれ、羽根枕の中身が雪のように舞っている。
そして、応接室の中央で、抜身の白銀の直剣がブンブンと空を切っていた。
錆びついた鞘を自力で剥がしたらしい。
『魔王の気配がする! どこだ! どこに潜んでいる!』
剣から響く声は、意外にも重厚な老人のそれだった。
だが、その殺意は本物。
「カリバーン、落ち着いてください!」
アレクシオン様が必死に呼びかけるが、聖剣は聞く耳を持たない。
『黙れ小僧! 貴様、勇者の末裔たる自覚があるのか! 壁を隔てたすぐそこにある魔王の気配を感知できないほど鈍ったか!?』
「鈍ってません! というか、その気配の主は隣に住んでる僕の大切な人です! ただ呪われているだけで、心清き聖女なんですよ!」
『何!? 勇者の末裔が魔王の気配を聖女と抜かすか!? 世も末じゃ! 嘆かわしい!』
カリバーンは憤慨し、さらに激しく回転を始めた。
もはや凶器のつむじ風である。
私は意を決して、一歩前に出た。
「……カリバーン」
ピタリ。
私の声を聞いた瞬間、剣の動きが止まった。
切っ先がゆっくりと、私の方へ向く。
『その声は……まさか……』
「久しぶりね、カリバーン。三百年ぶりかしら」
剣身が、殺気を孕んでギラリと輝いた。
『貴様ぁぁぁぁ! 魔王ヴェリタスぅぅぅ!! よくも! よくも三百年前、私の刀身を欠けさせおって! 研ぎ直すのに百年かかったのだぞ!』
怒るポイントそこ!?
カリバーンが弾丸のように突進してくる。
「待って待って! 話を聞いて!」
私は反射的に防御結界を展開する。
ああああ、魔力使っちゃった。
甲高い金属音と共に、聖剣が弾かれた。
『ぬぅ……! 相変わらず生意気な障壁を……!』
「カリバーン、誤解です! 彼女は悪逆非道なかの魔王ヴェリタスじゃありませんよ!」
アレクシオン様が、私を庇うように両手を広げて間に割って入った。
「彼女の名前はチェリさんです! あなたが感知したのは、彼女が信仰している『ベリーベリーソース様』という精霊の加護の力ですよ! 寝起きで魔力検知が錆び付いているんじゃないですか!?」
『……は? べりーべりー? なんだそれは。小僧、頭は大丈夫か?』
カリバーンが、心底困惑したように空中でピタッと止まった。
よし、天然勇者のトンデモ解釈で聖剣の毒気が抜けた。
今がチャンスだ。
『……む?』
剣が、人間のように首を傾げるように揺れた。
『妙だな……貴様の魔力、三百年前のようなドロドロとした怨念がない。なんだ、この……風呂上がりのようなさっぱりとした気配は』
「それはね、私が変わったからよ」
私は警戒を解き、ゆっくりと剣に近づいた。
「カリバーン、聞いて。私はもう、世界征服なんて興味ないの」
『……なに?』
「今はただ、静かに暮らしたいだけ。美味しいお茶を飲んで、たまに小銭を稼いで、平和に生きたいの」
カリバーンは沈黙した。
疑念の波動を感じる。
『……信じられん。貴様は三百年前――ククク……我が支配こそが世界の理、愚民どもよ平伏せ~~~、とか高笑いしていたではないか』
「言ってた! 言ってたけど! 思い出させないで!」
私は顔を覆って叫んだ。
過去の自分の言動が、最大の敵だ。
「でも、あれは若気の至りなの! 今は本当に反省してるの!」
『ふむ……』
カリバーンはしばし考え込み、ふわりと地面に着地した。
『ならば……試してやろう。我が試練に挑むのだ』
「それはいいけど……試練って、何をすればいいの?」
『簡単だ。三つの問いに答えよ。貴様の魂の色を見極める』
カリバーンが厳かに輝き始めた。
『まず一つ目の質問。貴様は今でも、世界を我が物にしたいと渇望するか?』
「しない。管理が面倒くさいし、固定資産税も馬鹿にならないもの」
『ふむ……妙に現実的だな。では二つ目。貴様は今でも、人間を下等生物だと侮蔑しているか?』
「してない。むしろ最近は、商魂逞しい八百屋のおばちゃんとか尊敬してる。てか前世も一応人間だから私……」
『ほう……意外と庶民派だな。では、最後の質問……』
カリバーンが言葉を切った。
沈黙が流れる。
一秒、二秒、十秒。
「……カリバーン?」
『……三つ目は……えーっと……』
「えっ」
聖剣が小刻みに震え始めた。
『すまん、ド忘れした』
「ええっ」
『いや、三百年も寝ていたからな、寝起きで頭がボーッとして……あれ、何を聞こうとしてたんだっけ……』
アレクシオン様が心配そうに覗き込む。
「カリバーン、大丈夫ですか? 無理しないでください」
『大丈夫だ小僧……ああ、思い出した。三つ目の質問は……えーっと……』
また止まった。
『……やっぱり忘れた』
「おじいちゃん……?」
私はなんだか、この伝説の聖剣が愛おしく思えてきた。
「カリバーン、ゆっくりでいいから」
『いや、聖剣としての威厳が……! ちゃんと試練を……』
カリバーンの声が、急速にフェードアウトしていく。
『……せねば……なら……ぬ……Zzz……』
すとん。
聖剣が、床に倒れた。
『むにゃ……研ぎ石は……もっと目の細かいやつで……』
「寝た!?」
アレクシオン様と私は顔を見合わせた。
「カリバーン、起きて! 良い所まできてますよ!」
アレクシオン様が剣を揺すると『んあ!?』と飛び起きた。
『すまん、つい二度寝を……歳は取りたくないものだな』
「聖剣に寿命はないでしょ」
『精神年齢の話だ。……で、どこまで話した?』
「次は三つ目の質問」
『おお、そうだった』
カリバーンは咳払いのような音を立て、改めて私に向き直った。
『問おう。貴様は、なぜ改心したのだ?』
空気が引き締まる。それは、核心を突く問いだった。
『三百年前、貴様は絶対的な力を持っていた。恐怖で世界を塗り替えることもできたはずだ。なのに、なぜ今は、そんなに無防備な顔で笑っている?』




