第13話 虚無の策士 後編
「アレクシオン様、危ない!」
「死にますよ!」
私とネクローゼが、思わず同時に叫んだ。
極大の光と闇の魔力が衝突し、全てを吹き飛ばそうとするその爆心地へ、アレクシオン様は生身で飛び込んできたのだ。
彼は錆びついた聖剣カリバーンを地面に深々と突き刺し、その聖なる波動を無理やり展開して、私たちの制御不能な魔力の渦を強引に中和させた。
「はぁ……はぁ……。二人とも、何やってるんですか!」
アレクシオン様は、乱れた金髪をかき上げながら、私たちを交互に睨みつけた。
いつもの爽やかでキラキラした笑顔はない。本気で怒っている。
「え?」
「どっちも、すっごくカッコいい、派手な魔法を使ってますけど……全然楽しくなさそうじゃないですか!」
アレクシオン様は、両手を広げて訴えた。
「チェリさん、あなたは穏やかな隠居生活がしたいんですよね? なのに、なんでそんな悲痛な顔でビーム撃ってるんですか!」
「そ、それは……」
「ネクローゼさん、あなただって、チェリさんのために、良くわからないけど世界を征服しようとしてるんですよね?」
「……その通りです。それが私の忠義」
「なら、話し合いましょうよ! お互いを想い合っているのに、殺し合う必要なんてないじゃないですか!」
アレクシオン様の、あまりに真っ直ぐで、あまりに正論……ただし前提は微妙にズレている言葉。
私とネクローゼは、毒気を抜かれたように魔力を完全に霧散させた。
ネクローゼは、呆然とアレクシオン様を見ていた。
「……話し合い、だと?」
「そうです! グラシエルさんもフレイムベルグさんも、話し合ったらすぐ……あの、一緒にアイス屋さんをやったり、鍛冶屋の修行をしたりすることに決まったじゃないですか!」
「……」
ネクローゼが、氷結の騎士と紅蓮の戦鬼の方をチラリと見る。
グラシエルは涼しい顔で頷き、フレイムベルグは親指をグッと立てて歯を光らせた。
「しかし、私は絶対悪としての役割を果たさねば……」
「ネクローゼさん、チェリさんが大切なんですよね?」
アレクシオン様のストレートすぎる問いに、ネクローゼは言葉に詰まり、視線を泳がせた。
そして、小さく呟いた。
「……ええ。誰よりも」
「なら、チェリさんの望みを一番に尊重してあげてください」
アレクシオン様は、聖母のような慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「それが、本当の忠誠ってやつじゃないですか?」
……この、絶対的な光属性の塊。
こんな天然のポジティブ勇者に、どんな魔王が敵うというのだろうか。
ネクローゼは、手元の魔導書をパタンと閉じた。
「はあ、参りました」
彼は深くため息をつき、私の前に膝をついた。
「勇者の末裔に説教されるとは。……完全に計算外でした」
「ネクローゼ……」
「三百年前、貴女は優しすぎて、結果的に自分を追い詰めた。今回も同じになるのではと、私は過保護になりすぎていたようです」
ネクローゼは、憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。
「でも、貴女には今、仲間がいる。それも、勇者の末裔という規格外の光まで」
彼はアレクシオン様を一瞥した。
「これなら……もう私の絶対悪など不要ですね」
私は、ネクローゼの肩に手を置いた。
「ありがとう、ネクローゼ……心配してくれて」
「いえ……私こそ、独りよがりな考えで、貴女様を困らせてしまいました」
「じゃあ、これからは一緒に平和に暮らしましょう?」
ネクローゼは、目を伏せゆっくりと頷いた。
「……承知しました。では、私もこの街で何か仕事を探すとしましょう」
「魔法学校の教師などはいかがでしょうか?」
瓦礫の中から、セバスティアンが服の埃を払いながらすかさず提案した。
「貴殿の膨大な知識と、その無駄に芝居がかった口上なら、思春期の生徒たちに絶大な人気が出るでしょう」
「……教師。悪くない響きですね。検討します」
ネクローゼは立ち上がり、ふと何かを思い出したように私を見た。
「ところで、チェリ様」
「何?」
「先ほどの『終焉・浄化・極大版』……」
「……うん」
「語呂も良く、特殊効果も最高でした。流石は我が主です」
「やめて!! 言わないで!!」
私は両手で顔を覆った。
「それにしても、ネクローゼさんの魔法もすごかったですね!」
空気を読まないアレクシオン様が、目を輝かせて会話に加わってくる。
「『深淵・虚無・大災厄!!』 響きがめちゃくちゃカッコいいです! あれ、なんて言うか……男のロマンですよね!」
「っ……!」
ネクローゼが、顔を覆って玉座の前に頽れた。
「三百年間……ずっと独りで練り上げていたのです……究極の魔法名を……! それをあのように無邪気に復唱されると……!」
「わ、分かるわ……!」
私は思わず深く共感し、彼の肩を強く叩いた。
「私も『終焉・浄化・極大版』のネーミング、三日は悩んだもの……! なんか『・極大版』がいまいちしっくりこなくて」
「チェリ様とネクローゼは、やはり似ていますね」
グラシエルが薄く微笑む。
「昔からそうだったぞ。二人で夜な夜な変な作戦名やら技名を考えては、俺たちに披露してたからな」
フレイムベルグがニヤニヤしながら、特大の爆弾を落とす。
「ほら、アレだ。『作戦名:運命の軛よ、今こそ断ち切れ!』とか」
「やめろぉぉぉ!!」
「やめてぇぇぇ!!」
私とネクローゼの絶叫が、半壊した古城の広間にこだました。
アレクシオン様は、そんな私たちを見て、本当に楽しそうに笑っている。
「皆さん、本当に仲が良いですね!」
「良くない! これはただの拷問よ!」
「これで、我ら元魔王軍幹部四天王は全員揃いましたね」
セバスティアンが、満足げに呟いた。
「ちょっ、セバスティアン!? あんた今、しれっと『元魔王軍幹部』って言ったわよね!?」
私が血相を変えて振り返ると――。
「チェリさん、離れていてください! この玉座の裏にある骸骨のオブジェ、目を押すと壁から謎の槍が飛び出してきます! 万が一にも貴女に傷がついたら大変だ!」
「うわっ、本当だ! 団長、俺にも押させてくれ!」
「ダメです! 危ないから僕が先に全部のボタンを作動させて、物理的に粉砕しておきます!」
……アレクシオン様は、ネクローゼが仕掛けていた古城の凶悪な防衛トラップに完全に心を奪われており、こちらの会話など1ミリも聞いていなかった。
しかもフレイムベルグまで混ざって、死の罠の前でキャッキャとはしゃいでいる。
「……都合のいい耳を持った勇者で助かりましたね」
グラシエルが呆れたように呟く。
「そうね……」
私は大きなため息をつきながら、崩れかけた城の中で、騒がしい仲間たちの顔を見回した。
氷結の騎士グラシエル。
紅蓮の戦鬼フレイムベルグ。
虚無の軍師ネクローゼ。
死霊の操者ザガン(セバスティアン)。
そして、罠のボタンを連打しているやや過保護な勇者の末裔、アレクシオン様。
世界を滅ぼしかけた魔王軍と、世界を救うべき勇者が、ボロボロの城跡で笑い合っている。私とネクローゼは羞恥心で死にそうだけれど。
不思議な光景だ。
「ですが、悪くありません」
ネクローゼが、穏やかな表情で天井の崩れた穴から夜空を見上げた。
私もそれに同意するように、小さく息を吐く。
隠居生活は、もはや平穏とは程遠い形に破綻しかけているけれど。
この騒がしくて、恥ずかしくて、温かい日常も……まあ、悪くはないかもしれない。
崩落した天井の向こうには、月が綺麗に輝いていた。
私の黒歴史さえも優しく照らすような、穏やかな夜だった。
「風邪を引きますよ、チェリさん」
ふわりと、背中から大きめの外套が掛けられた。
振り返ると、罠の破壊を終えたアレクシオン様が、極上の笑顔で私を見下ろしていた。
「さあ。帰りましょうか、チェリさん。……僕たちの家に」
……まって、まだ一緒に住んでない。




