29 週休二日が始まったのは20世紀
ストルネロ夫人の勧めで、テオバルド司教様にもディナーを振る舞うことになった。今日の献立は鶏肉のクリーム煮と甘くないビスケット。割とお気に入りのメニューだ。調味料のバリエーチョンが限られるこの時代、チーズやクリーム、バターは重宝する。
「美味しそうですね、パウロ様。ここでパウロ様の決意に乾杯といたしましょう。」
司教様がワインの入った盃を掲げたので、俺も水の入ったコップを合わせる。これから大変そうだが司教様が一緒ならなんとかなるだろう。乾杯。
「ところでパウロ様、」
さっきからそわそわしていたフォスカリがたずねてきた。
「本題が解決していないのでは。」
本題、そういえば違う話をしていた気がする。
「ピエトロ、本題ってなんだっけ。」
「今日私に発言権はないそうなので、お答えできません。」
ピエトロはいつも揚げ足をとってくる。なかなか根に持つ奴だ。
「ロザリナ様とのお約束の件でした。」
マリーノがフォローしてくれた。
「そうだ司教様、俺とロザリナ様が何か秘密の誓いを立てていたようなのだけど、なんだかわからないんだ。婿入りの話が出る前に片付けておかないと、後で複雑なことになるんじゃないかと心配しているんだけど。」
ロザリナ様は手紙でキリスト教や教会の話をいっぱいしていたし、司教様は何か知っているかもしれない。
「残念ながら知りませんな。記録には残っていないのですか。」
「私がパウロ様の持っていた書類は全て調べましたが、それに関する証文や手紙は発見できませんでした。」
フォスカリが答える。ちなみに屋敷で何日か暮らしてみてわかったのは、どうやら家令のマリーノが人事・法務・渉外、執事のフォスカリが屋敷の財産や記録の管理、家政婦のストルネロ夫人が衣類・食事・家事全般、アンドレアが農園経営・工房管理という役割分担があるみたいだ。
「証文がないのなら、証人がいたと見るのが妥当でしょうな。ロザリナ様は簡単に『誓い』などという言葉を使う方ではない。」
やはり司教様はロザリナ様をよく知っているようだ。
「司教様にロザリナが告解にきたことはなかったのですか。」
発言権のないピエトロが口を挟んできた。
「なかったし、あったとしても告解の内容を漏らすようでは聖職者たりえん。」
そういえばテオバルド司教は一応聖職者だった。どちらかというと政治家然としているけど。
「私が思うに、やはり二人が想い合っていたと想定するのが妥当だと思いますわ。」
今まで黙っていたストルネロ夫人が話に入ってきた。今日もひっつめた髪に腰の細いドレスで、厳格な感じを出している。
「お話を聞く限り、『女性の勉強をしていた』というパウロ様の発言を責める文脈でしたのでしょう。そこで誓いの話を出されたのであれば、当然パウロ様の女性関係を縛る形の約束であったはずです。」
まあそうなるよね。そういえばロザリナ様は俺とストルネロ夫人の間も疑っていたんだっけ。クワバラクワバラ。
「ではロザリナ様には、気持ちが移ったと示唆する方向で行こうか。婿入りの話を出すと公に反対されかねないよね。」
「あの人なら裏切りに耐えかねて修道院に入りかねませんな。もちろん個人の意思ですし、私個人としては修道院に行くというのは真っ当な選択だと思っていますが。しかしながら、ロザリナ様とはここ数年交流がありますが、とても恋をしているようには見えませんでしたよ。」
テオバルド司教は納得してないようだ。確かに、バルトロメオ様主催の夜会で会った時は、そっけない対応だった気がする。
「ロザリナ様は奥ゆかしい方とお聞きします。表に出ないだけではないですか。」
ストルネロ夫人のいうことももっともだ。ロザリナ様が恋に溺れるところはあまり想像がつかないけど、献身的な奥さんになっているところは描けるし、パウロが何か将来の約束をしてしまったとしたらどこまでも守りそうだ。
「逆に恋でないとしたら、司教様はどんな誓いだったと思うの。」
「そうですな、ロザリナ様は温厚な方ですがそれは信仰熱心で、時に浮世離れしたところもおありになりますからな。」
俺のロザリナ様の印象とは少し違う。良くも悪くも常識人といった感じの人だと思ったが。
「例えば、十字軍に従軍する、というのではないでしょうか。」
十字軍!そうか、そういう時代なのか。文官で大学にまで行っていたパウロにはちょっときつい約束だし、21世紀出身者としては十字軍に情熱を感じないんだよね。
「しかし、十字軍に従軍する約束は、女性関係に口出しする大義名分になりませんわ。」
「では、十字軍から帰ってきたら結婚する、という感じですかな。」
皆が色々な想像をしているが、概ねロザリナ様はパウロと結婚するつもりだったとみていいだろう。皆に向けて宣言する。
「こうなったら正面突破だ。ロザリナ様と誓いの話をしてみて、もっと文脈を理解しようと思う。修道院に逃げられても困るから、気持ちが移った話はしないでおく。ジュリエッタのお披露目が3日後に迫っているから、それまでにある程度の情報を集めたいんだ。明日にでも訪れようと、」
フォスカリが遮った。
「明日は日曜、安息日です。手紙は行き来しませんし、ロザリナ様もお会いしないでしょう。」
そうだった、この時代日曜日に休むのは厳格で、店も何もかも全部が閉まる。
「では明後日だ。」
「証人だった方にも会った方がよろしいでしょう。」
マリーノさんがいつも通り断定形で言ってくる。
「証人ですか。ストルネロ夫人にお聞きしたいのですが、パウロ様と交流があり、かつロザリナ様と親しい方は社交界にいませんか。うちの教区のロレンツォ神父やジョバンニ神父の可能性もあるわけだが。」
流石のテオバルド司教も容疑者を絞り込めないようだ。
「ロザリナ様は社交界で活発でいらっしゃらないので、多くはありませんわ。マルティノ家のレジーナか、プラチェンティオ ・ゴンザーゴの娘ジュスティーナの二択だと思います。」
「どうせなら、誓いについて話があると連絡して、その方も呼んでもらえればいいのでは。」
ピエトロにしてはいいアイデアだ。
「ピエトロ、ナイス!」
「発言権を戻す気にはなりましたか。」
すぐ調子にのるから良くない。
「では、明後日ロザリナ様に証人だった方をよんでいただいて、誓いについて会話をしつつ誓いを忘れたことは隠して情報を得よう、という方向でいく。」
「なかなか大変そうですが、無難な選択肢ですね。」
ピエトロはそう言いながらデザートのレモンヨーグルトをテーブルに置いた。そろそろディナーもお開きだ。




