20 手袋を捨てるのが決闘の合図だった時代
「おのれパリス!」
突然背の高い男が早足で近寄ってきた。すごい形相なんだろう、仮面でわからないが。
いわゆる細マッチョという体格か。歩き方からして俊敏そうだ。顔はよくわからないが、髪は短い。体育会系といった第一印象だ。
「カプレーティの家に恥をかかせる気か。既婚者を口説くとは何事か。」
誰だかわからないが正論です。反論しようとして固まってしまう。これって不倫がバレたような展開だよね、自分でも自分の顔が青ざめているのがわかる。
「ティボルト、これは。」
セシリア様が制止するように俺と男の間に入る。男はティボルトという名前のようだ。
「叔母さまは退いていてください。これは誇りの問題です。大公家の権威を傘にきて、なんでもできると思ったら間違いだ。」
そう言って男は手袋を床に投げつけた。だいぶイライラしているのだろう。確かに自分の既婚の叔母が誰かに口説かれていたら、いい気はしないかもしれない。
床に投げ捨てられた革の手袋は上等そうだった。とりあえず拾って、ティボルトに差し出す。
はっと息を飲む声が数人分聞こえた。周りを見ると、ほとんどの人がこちらを見ている。皆仮面をしているので、表情が見えなくて不気味だ。
「プライドはないのかパリス。」
ティボルトは震えているようだ。今度俺は何のミスをしたんだ。プライド、というと、拾ってあげるのはマナーじゃないのかもしれない。そう言えばフォークを落としたら自分で拾うなと注意された気がする。そうか、使用人の人が拾うべきだったのか。
マナーを知らなかった、だと説得力はないし、なんて答えよう。
「アンセルメ伯爵家の方に迷惑をかけるわけにはいきませんから。」
この気まずい展開で手袋を拾う使用人がかわいそうじゃないか。
「パリス伯爵、お前は男としてのプライドはないのかと聞いているんだ。」
ティボルトは声を荒げている。使用人も男だけど、一体どういうことなのか。ここからどう逃げよう。プライドとか言ってないで、示談で何とかならないかな。
「大人な対応はできませんか、できればもっと目立たない場所で。」
みんな見ているからだめか。できれば裏口で解決させてほしいのだけど。
「バカにしやがって。」
だめだ。逆に機嫌を損ねてしまった。
困っていると、さっきのチョビ髭のおじさんが、びっくりするほど大きな声を出した。
「ティボルト、大公殿下の縁者に喧嘩を売るとは何事か!」
なるほど、伯父様の権威を使うのもいいかもしれない。でもさっき権威を傘に着ていると言われたばっかりだ。
「今日は仮面舞踏会ですから、昨日と明日の私はまた別人、ここにいるのは伯爵でなくてただの男です。」
ティボルトもそういうことにして許してくれないかな。既婚とか未婚とか一旦忘れてさ。さっきのセシリア様のセリフそのままだけど。言い訳きついかな。
「パリス伯爵、何と男らしい。」
チョビ髭おじさんがなぜか感動しているみたいだった。本当になぜだ。




