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12 使用人がいるのに便利グッズを買う主人は少ない

発注してあった自転車は、大公様の末っ子カングランデ様のおもちゃとして、原価で引き取られた。主要なパーツが鉄でできているので結構重くなっていて、10歳のカングランデ様には危ないのではないかとも思っていたが、ポニーよりは軽いので問題ないとのこと。おかげさまで伯爵家の資金繰りはだいぶましになっていた。


伯爵家の年間の収入を考えれば自転車の損失は埋め合わせできたはずだったが、秋の収穫シーズンがまだなので手元資金が薄くなっているらしく、綱渡りだったらしい。この一件で財政担当のアンドレアは気が気ではなかったようだ。悪いことをしたと思う。お金の貸し手がほぼいないので、運転資金が尽きたらおしまいだという。


自転車のプロトタイプは、アンドレアが提案してオブジェとして伯爵邸に飾られることになった。おそらくは戒めの意味が込められている。


さて、自転車はゴムが手に入らなくて失敗したが、せっかく21世紀からやってきて不便を身に染みて感じているところなんだ。勝機はある。気を取り直して、今度はあまりコストがかからないような製品を作らせることにする。


「自転車の反省を生かして、ありふれた材質でもできる商品を開発しようと思う。」


「どうかおやめください。」


アンドレアは表情を変えないが、嘆願しているような言い方をする。俺が調子に乗っているといえばそうだが、自転車の一件を通じて、小麦一辺倒の伯爵家の収入体系がちょっと不安になったんだ。


「大丈夫、今度は鉄は使わない。今度作るのは鉛筆だ!」


「エンピツ?」


「そう、黒鉛で字を書くとチョークが手について悲しいよね。羽ペンもいちいちインクにつけないといけなくてとっても不便。服も汚れる。そこで細い棒状の黒鉛を木で覆って、先をナイフで削れば手を汚さずとも字が書けるようになるんだ」


アンドレアは顔を上げた。さっきより真剣な顔をしている。、


「私もそれには興味がありますが、ヴェローナの各ギルドには伯爵が婚約者を見つけるまで伯爵の奇妙な注文は受けぬようにと、大公殿下からの通達が出ております。」


手を打たれていたのか。やっぱり婿入りするのが自転車事業救済の交換条件みたいだ。それにしても奇妙なって失礼だな。


「しかし、」


アンドレアがおもむろに続ける。


「木材の加工でしたら、伯爵家の者がワイン樽の生産を自前でしていますから、自家生産が可能かと。」


「よし、やろう!」


アンドレアが乗ってきたのだ。これはいける。


「二輪車のときは、ピサの事件で頭を打たれた結果かと思いましたが、今回はご勉強の影響が見受けられますな。」


すぐに、家の工房で試作品を作らせる。知らなかったが、伯爵家には馬具や家具を補修する工房が常にあったらしい。


数時間で出来上がった鉛筆。アンドレア、ピエトロと一緒に使ってみる。


「これは素晴らしい。手が汚れる心配がない。」


「今回はおもちゃでなくて実用的ですね。いいんじゃないですか。」


二人は出来に満足したようだった。この時代は紙の質が悪いので結構引っかかるが、それは黒鉛や羽ペンでも一緒だ。これは量産できる。


「よし、これでパウロ様の評判も上がるはずだ!」


執事のフォスカリに命じて領地の工房にも号令をかけ、鉛筆生産が始まった。






また失敗だった。


自転車と違って、製品が悪かったとは思わない。しかし貴族階級を含めても字を書ける人があまりいないのである。書記みたいな役を置いている名家は多かったが、彼らの便利さなんて考える家はほぼないようだ。大公家関係者がみんな字を書けたので計算外だった。売れない。


伯爵家関係者が仕事に使うという名目で引き取ったほかは、ほぼ在庫になってしまった。ピエトロやアンドレアになるべく人前で、ひけらかすように使ってもらうように頼んでおく。あとは贈答品にするしかない。大学は当然字が書ける人だらけだろうから、恥を忍んで秋に大学に行って学友に売ってこようか。大学にいける学力も学友が誰だったのかも知らないから、遠い道のりだ。


黒鉛はそんなに安くないので、伯爵家の赤字が膨らんだけど、伯爵家関係者が使っているぶんは必要経費ってことにすれば、そこまで打撃でもない、はず。


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