【狂気の王国】光を狂信した者たちの末路
魔王アレンによって、王都の地下にあった『魔力炉』が完全に破壊されてから数日。
王国は、かつてないほどのパニックに陥っていた。
「ど、どうなっている! なぜ結界が消えた! 大地から作物が枯れていくぞ!」
「魔王だ! あの悪魔が、我々の世界を終わらせようとしているんだ!」
魔力炉という「命の搾取システム」を失ったことで、王都の偽りの繁栄は音を立てて崩れ去った。暴動が起き、人々は恐怖に逃げ惑う。
そんな大混乱の王都から、一部の特権階級――王族と、彼らに付き従う『偽りの勇者』レオンを乗せた馬車だけが、真っ先に逃げ出していた。
逃げ込んだ先は、王国と太いパイプを持つ国教『聖教団』の総本山。
雪のように白い大理石で造られた、巨大で美しい白亜の大聖堂である。
「クソッ……! アレンの野郎、調子に乗りやがって! 俺は真の勇者だぞ、あんな化け物に負けるはずがないんだ!」
大聖堂の豪華な特別室。
レオンは高級なワイングラスを壁に叩きつけ、血走った目で爪を噛んでいた。
かつての親友を裏切り、彼を奈落へ突き落とした時に得た絶頂感は、今や見る影もない。
あるのは「いつ自分が殺されるか」という底知れぬ恐怖と、築き上げた名声が崩れていくことへの焦燥感だけだった。
「――おや、勇者レオン殿。随分と取り乱しておられますな」
静かに扉が開き、一人の老人が入ってきた。
金糸の刺繍が施された純白の法衣を纏う、聖教団のトップ――教皇ザカリアだ。
温和そうに見えるシワだらけの顔の奥には、ドロドロとした権力欲と狂信の光が宿っている。
アレンを陥れる計画に加担した、黒幕の一人である。
「教皇! あの悪魔をどうにかしろ! お前たちの教団には、隠し持っている兵器や魔法があるだろう!?」
「落ち着きなさい、勇者殿。確かに、あの忌まわしき魔王アレンの力は我々の想像を超えていました。既存の魔法大砲程度では傷一つつけられないでしょう」
ザカリアはそう言いながら、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「しかし、ご安心を。我が教団に伝わる『究極の奇跡』を起こす時が来たようです。……**『神の使い(天使)』**を、この地に降臨させるのです」
「天使、だと!?」
レオンの顔に希望の色が浮かぶ。
神の使いならば、あの規格外の魔王に対抗できるかもしれない。
「す、素晴らしい! すぐに召喚しろ! その天使でアレンを八つ裂きにしてやる!」
「ええ、もちろん。ですが、天使の降臨には莫大な神聖力と……**『清らかなる代償』**が必要となります」
「代償? 金なら王族がいくらでも出すぞ」
「金などという下世話なものではありませんよ」
ザカリアはレオンの耳元に顔を近づけ、毒蛇のように囁いた。
「必要なのは、**数万人の『命と魂』**です。教団領の端にあるスラム街……あの薄汚い貧民たちを集め、神への生贄とするのです」
「なっ……!?」
レオンは息を呑んだ。
いくら彼が腐っていても、一応は「人間を守る勇者」という建前がある。
自国民を数万人規模で生贄にするなど、正気の沙汰ではない。
「ば、馬鹿な! そんなことが公になれば、俺の勇者としての名声が……!」
「公になどしませんよ。『教団が安全なシェルターに保護する』とでも言って集め、儀式の部屋に閉じ込めればいいだけのこと。それに……」
ザカリアは、レオンの弱点を突くように言葉を続ける。
「このままでは、アレンがここまで攻めてきて、貴方様は無惨に殺されるでしょう。あの魔王は、貴方様を生かしておくはずがありません。
……数万のゴミくずのような命で、貴方様という『真の勇者』の命と、人類の未来が守られるのです。これこそが**『大義』**ではありませんか?」
大義。人類の未来。
その言葉が、レオンの心の中にあったわずかな躊躇を完全に吹き飛ばした。
(そうだ……俺は真の勇者だ。世界を救うために選ばれた特別な存在なんだ。底辺のゴミ共が俺のために犠牲になるのは、当然の権利じゃないか……!)
恐怖と保身から生まれた狂気が、レオンの瞳を濁らせていく。
彼は歪んだ笑みを浮かべ、ザカリアに向かって力強く頷いた。
「……やれ、教皇。そのスラムの連中を全員かき集めろ。人類の平和のために、その命を使わせてやろうじゃないか」
「御意のままに、勇者殿。神の光で、あの憎き魔王を浄化してご覧に入れましょう」
かくして、「光」と「正義」を名乗る者たちによって、自国民の命を食い物にする最悪の儀式が開始された。
彼らは気づいていない。
自分たちが魔王アレンを「悪魔」と罵りながら、自分たち自身が人間として最も醜い『本物の悪魔』に成り下がっていることに。
そして、その身勝手な狂気が、さらなる圧倒的な絶望を引き寄せることを。




