【魔王の玉座】残党たちの服従
荒涼たる大地にそびえ立つ、天を突くほどに巨大な『漆黒の魔王城』。
かつて勇者アレンによって壊滅させられたはずの旧魔王軍の拠点には今、各地から数千もの魔物たちが集結し、異様な熱気と殺気に包まれていた。
「ふざけるな! なにが『新たな魔王』だ!」
「俺たち魔族を差し置いて、人間の、しかも元勇者の小僧が玉座に座るなど、絶対に認めねえぞ!!」
巨大な玉座の間。
声を荒らげているのは、旧魔王軍で幹部を務めていたオークの王や、狂戦士の生き残りたちだ。
彼らは武器を手に、玉座に座る影に向かって激しい怒りをぶつけていた。
しかし、その群衆の少し後ろで、銀色の長い髪と真紅の瞳を持つ妖艶な美女――吸血鬼の真祖であるイリスだけは、静かに玉座の上の人物を見極めようとしていた。
(……元勇者アレン。一体どういうつもりで魔王を名乗ったのかしら。ただの狂った人間なら、ここで八つ裂きにするだけだけれど)
魔物たちの怒声が響き渡る中。
玉座に深く腰掛けたアレンは、頬杖をついたまま、退屈そうに眼下の魔物たちを見下ろしていた。
「――おい。さっきからギャーギャーとうるさいぞ。お前ら、旧魔王軍の残党っていうのは、口先だけでしか吠えられない負け犬の集まりなのか?」
底冷えするような声が、広大な玉座の間に響いた。
その見下すような態度に、オークの王が完全に頭に血を上らせた。
「人間のガキがァッ! その生意気な首をへし折って、俺様が新しい魔王になってやる!!」
身長3メートルを超えるオークの王が、巨大な戦斧を振り上げ、凄まじい速度で玉座のアレンへと飛びかかった。
一撃で大岩を粉砕するほどの凶悪な一撃。
だが、アレンは玉座から一歩たりとも動こうとしない。
『――ククッ。身の程知らずの豚肉め』
脳内で邪神ノアの冷酷な笑い声が響いた瞬間。
アレンが小さく、指を鳴らした。
「灰になれ。『黒炎』」
――ゴウッ!!
「ギャアアアアアッ!?」
玉座に届く直前。何もない虚空から突如として噴き出した『漆黒の炎』が、オークの王を完全に飲み込んだ。
鋼の戦斧も、強靭な肉体も、一切の抵抗を許されず、わずか一秒で炭すら残らず焼き尽くされる。
パラパラと、真っ黒な灰だけが玉座の前に降り注いだ。
「なっ……!?」
「オ、オーク王が一瞬で……!?」
先ほどまでいきり立っていた魔物たちの顔が、一瞬にして恐怖に引きつる。
アレンはゆっくりと立ち上がると、玉座の階段を一段、二段と降りた。
「勘違いするなよ、お前ら。俺は『仲間になってくれ』と頼みにお前らを呼んだわけじゃない」
ドクンッ、と。
アレンの体から、邪神の莫大な魔力が解放された。
それは物理的な質量を伴うほどの**『絶対的な重圧』**となって、玉座の間にいる数千の魔物たちにのしかかった。
「ガ、あ……っ!?」
「な、なんだこの力は……体が、動か、ねぇ……ッ!」
床の石畳が蜘蛛の巣のようにひび割れ、悲鳴を上げる。
数千の狂暴な魔物たちが、自らの意志とは無関係に、床に顔を擦り付けるようにして全員這いつくばらされたのだ。
抵抗しようとした狂戦士の腕が、重圧に耐えきれず「ボキリ」と嫌な音を立てて折れた。
(な、なんてデタラメな魔力……! これが、人間の力だというの……!?)
最後方にいた吸血鬼のイリスもまた、その凄まじい重圧に膝を屈していた。
しかし、彼女の心を満たしていたのは「恐怖」ではなかった。
圧倒的な闇。底なしの絶望。人間という脆い器でありながら、本物の神すらも凌駕するほどの禍々しくも美しい『悪』のオーラ。
(ああ……素晴らしい。この方こそが、私の……私たちの渇きを満たしてくれる『真の王』だわ……!)
イリスは震える体でゆっくりと立ち上がり、重圧に逆らいながらアレンの御前へと進み出た。
そして、そのまま美しい所作で片膝をつき、深く頭を垂れた。
「……私の名はイリス。吸血鬼の真祖にして、旧魔王軍の幹部を務めていた者です」
「吸血鬼の長が、俺に何か文句か?」
「いいえ。文句など、あろうはずもございません」
イリスは恍惚とした笑みを浮かべ、アレンを見上げた。
「貴方様の圧倒的な闇の前に、私の魂は完全に魅了されました。**我が血も、肉体も、全ては真なる魔王・アレン様のために。**どうかこのイリスを、貴方様の忠実なる駒としてお使いください」
イリスの言葉に続くように、這いつくばっていた魔物たちも次々と「ま、魔王様!」「我らが王に忠誠を!」と震える声で服従を誓い始めた。
もはや、誰一人としてアレンが人間であることを侮る者はいない。
「忠誠などいらない。俺に必要なのは、命令通りに動く手足だけだ」
アレンは伏するイリスと魔物たちの群れを冷たい目で見下ろし、黒い炎を纏った右手を天へと掲げた。
「俺はこれから、あの腐りきった王国と、人間どもが信じるシステムを全て破壊する。――さあ、絶望のパレードの始まりだ。俺の進む道を切り開け、ゴミ共」
『オオオォォォォォォォッ!!!』
魔王城が震えるほどの、熱狂的な咆哮が響き渡る。
反逆の勇者はこうして、自らの手足となる『新たな魔王軍』を完全に掌握したのだった。




