【反逆の始まり】忌み嫌われる勇者の帰還
王国の最辺境に位置する、寂れた宿場町。
かつては活気に溢れていたその場所は今、王国軍の暴力によって絶望に支配されていた。
「おいおい、なんだこのはした金は!
『真の勇者』レオン様が魔王軍の残党を狩るための軍資金だぞ! 貴様らのような薄汚い亜人が生きていられるのも、レオン様のおかげだろうが!」
広場の中央で、王国軍の部隊長が怒声を上げながら、獣人の老人を軍靴で蹴り飛ばした。
老人を庇おうとした幼い獣人の少女が泣き叫ぶが、周囲にいる兵士たちはそれをニヤニヤと下劣な笑みを浮かべて眺めているだけだ。
「さ、逆らいません……! ですが、今年の作物は不作で、もう食べるものすら……ッ!」
「うるせえ! 払えねえなら、そのガキを奴隷として売り飛ばすまでだ!」
部隊長が少女の髪を乱暴に掴み上げた、その時だった。
「――相変わらず、吐き気を催すほど安い正義だな。王国の犬共」
底冷えするような、絶対零度の声が広場に響き渡った。
空気が一瞬にして凍りつき、兵士たちの動きがピタリと止まる。
「あぁん? 誰だ貴様……!」
部隊長が舌打ちをして振り返る。
そこに立っていたのは、ボロボロの黒い外套を羽織った一人の青年だった。
漆黒の髪。そして、血のように赤く光る双眸。
その禍々しい容姿に、兵士たちは一瞬怯んだが、部隊長はすぐにその顔に見覚えがあることに気づき、目を見開いた。
「なっ……お前は、大罪人アレン!? 馬鹿な、貴様は奈落の底に落とされて死んだはず……!」
「ああ。一度死んで、地獄から戻ってきたんだよ。お前ら全員を道連れにするためにな」
俺は外套を脱ぎ捨て、ゆっくりと兵士たちに向かって歩みを進めた。
かつてなら、こんな状況でも「まずは剣を収めろ」と対話を試みていただろう。だが、今の俺にそんな甘さは微塵も残っていない。
「ひ、ひぃっ……! な、何をしているお前ら! そいつは魔法を暴走させて街を滅ぼした悪魔だ! 殺せ! 殺してしまえ!!」
部隊長の命令に従い、数十人の武装した兵士が一斉に剣を抜き、俺に向かって殺到してくる。
『――さあ、どうするアレン?』
脳内で、邪神ノアの楽しげな声が響いた。
(決まっている。ゴミ掃除だ)
俺は迫り来る兵士たちを一瞥し、小さく指を鳴らした。
「――燃えカスすら残すな。『黒炎』」
パチン、という音と共に。
俺の足元から爆発的に噴き出した漆黒の炎が、津波のように兵士たちを飲み込んだ。
「ギャアアアアアッ!?」
「あ、熱い!? なんだこの黒い火は……消えな、ぐあああああっ!!」
鋼鉄の鎧すらも紙切れのように溶かす邪神の炎。
数十人の兵士たちは、剣を振るう間も、逃げ惑う暇すらも与えられず、一瞬にして黒い灰へと変わって風に吹き飛ばされていった。
「……は? え……?」
たった数秒の出来事だった。
広場に残されたのは、俺と、腰を抜かして地面にへたり込む部隊長だけ。
「ば、化け物……ッ! 来るな、俺に近づくなぁッ!!」
「怯えるなよ。お前は殺さないでおいてやる」
俺は恐怖で顔を歪める部隊長の胸ぐらを掴み上げ、その耳元で冷酷に告げた。
「王都へ戻り、レオンとあの腐った王族どもに伝えろ。**『俺がお前たちに、本当の絶望を教えてやる』**とな」
ポンッ、と手を離すと、部隊長は悲鳴を上げながら、這うようにして王都の方向へと逃げ去っていった。
静寂が戻った広場。
俺は振り返り、助けた獣人たちへ視線を向けた。
しかし、彼らの目に浮かんでいたのは「感謝」ではない。
王国軍の兵士を瞬殺した俺の、あまりにも異常で禍々しい力に対する**「圧倒的な恐怖」**だった。
ガタガタと震え、化け物を見るような目で俺を見上げている。
(……それでいい)
かつての俺なら、その視線に傷ついていただろう。
だが、もう俺は『正義の味方』ではない。人間に好かれる必要など、どこにもないのだ。
「俺は、人類の敵だ。関わりたくないなら、せいぜい逃げ隠れて生きろ」
忌み嫌われる勇者は、誰にも感謝されることなく、ただ一人、王国を滅ぼすための反逆の道へと足を踏み出した。




