【星の深淵へ】邪神との完全同調
「ガ、ギ……システム……修復、不能……。致命的な、論理崩壊……」
右半身を黒炎で吹き飛ばされた裁定者エノクは、空中で激しくノイズを散らしながら、光の粒子となって崩壊していく。
絶対的な法則を力技でねじ伏せたアレンの理不尽な暴力を前に、世界の初期化を実行する最高位の代行者は、完全なバグとして処理され、虚無の中へと消え去った。
「……口ほどにもない。ただの操り人形か」
アレンが右手の黒炎を振り払うと、背後で息を呑んでいたイリスが安堵の声を上げた。
しかし、アレンの表情は険しいままだった。
エノクを破壊してもなお、空の真っ白な漂白は止まらず、世界は依然として音もなく削り取られ続けている。
『……端末を一つ壊したところで、無意味だぞアレン』
アレンの脳内で、邪神ノアが低く、しかし熱を帯びた声で告げた。
『この世界を真っ白に塗り潰している「初期化プロセス」の本体は、この星のさらに奥底。世界のシステムを司る大本……**『原初神アルファ』**が直接稼働している。あの大元を完全に叩き潰さない限り、この崩壊は止まらん』
「星の奥底ね。……なら、行く場所は一つだ」
アレンは足元の崩れゆく空間を見下ろした。
真っ白に侵食された大地の亀裂の奥には、底知れぬ真っ暗な闇――星の中心へと続く次元の断層が口を開けていた。
「イリス、お前はここで残党どもをまとめて、少しでも足場の残っている場所へ避難しろ」
「アレン様!? お一人で行かれるおつもりですか! あの暗闇からは、かつてないほどの恐ろしい次元の圧力を感じます。私にお供を――」
「足手まといだ。ここで待ってろ」
アレンの短く、しかし絶対の信頼を含んだ命令に、イリスはハッと息を呑み、そして深く、優雅に一礼した。
「……御意のままに。我が王の無事の帰還を、この命に代えてもお待ちしております」
イリスの言葉を背に受け、アレンは背中の『漆黒の邪神の翼』を大きく広げた。
そして、星の核へと続く底知れぬ暗闇――**『原初の深淵』**へと、一切の躊躇なく単騎でダイブした。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
星の深淵への降下は、凄まじい次元の圧力との戦いだった。
周囲の空間がぐにゃぐにゃとねじ曲がり、巨大な不可視の万力がアレンの全身をギリギリと締め上げる。
並の神や天使であれば、この空間に入った瞬間に肉体も魂もミンチになって消滅しているほどの、圧倒的な重圧領域。
「……チッ、鬱陶しい風圧だ」
アレンは全身から黒炎を噴射し、その圧力の壁を強引に削り波乗りするように、さらに奥底へと飛翔速度を上げていく。
そんな彼の横に、ふわりと『影』が寄り添った。脳内に響いていた声が、実体を持った影の姿となってアレンの隣を飛んでいる。
『……フッ。強がりを言うな。かつて天界の連中に封印された際、私のオリジナル(肉体)すら耐えきれずに砕け散ったほどの重圧だぞ』
邪神ノアだった。
彼はアレンの横顔を見つめ、どこか嬉しそうに、そして深い感嘆を込めて笑った。
『お前という人間に宿り、復讐の手駒として利用するつもりだったが……まさか、私以上の「理不尽への怒り」を持つ反逆のバケモノだったとはな。お前の中にいるのは、本当に退屈しなかった』
「……急に湿っぽいことを言い出すな。俺はお前の力を利用し、お前は俺の体を利用した。それだけの関係だ」
『ああ、そうだな。だが、だからこそ最高だった。……アレンよ』
ノアの影が、限界まで速度を上げるアレンに向けて、スッと右手を差し出した。
『お前の抱える怒り。お前の反逆の意志。それらはもはや、私という邪神の規格すらも超えつつある。……ここから先の「星のシステムそのもの」を壊すには、少しばかり出力が足りん』
「……何が言いたい」
『私の魂を、すべてお前にくれてやる。……器と中身、神と人間という境界線を完全に無くし、二つの「反逆の意志」を一つに溶け合わせるぞ』
ノアの言葉は、神としてのプライドを完全に捨て去り、一人の人間を「対等の相棒」として認めた、究極の同調の提案だった。
『私とお前のすべてを懸けて、あの上から目線のクソったれなシステムを……世界ごと、ぶっ壊してやろうぜ。相棒』
極限の圧力の中で。
アレンはノアの差し出した影の手を見つめ……凶悪で、不敵な笑みを浮かべた。
「……後悔するなよ。俺と混ざれば、お前もただじゃ済まないぞ」
アレンが自身の右手を伸ばし、ノアの影の手をガッチリと握り返す。
「全開で来い、ノア。俺たちのオモチャ(世界)を勝手にリセットしようとするポンコツ機械を、跡形もなく燃やし尽くす!」
『――ああ!! 行くぞォォッ、アレン!!』
――カッ!!!!
二つの手が重なり合った瞬間。
星の深淵を覆っていた暗闇が、爆発的な光の渦によって吹き飛ばされた。
ノアの魂がアレンの肉体と完全に融合し、これまでアレンが操っていた『漆黒の炎』が、さらなる極限の高みへと圧縮され、その性質を根本から変異させていく。
次元の圧力も、世界のシステムによる消去法則も、すべてを跳ね除ける絶対的な力。
最強の魔王と最凶の邪神が、完全に一つの存在へと進化した瞬間だった。
「……見えたぞ。あれが大元か」
次元の断層を突き抜けたアレンの目の前に、広大な真っ白な幾何学空間が広がった。
その中央に鎮座するのは、星の意志そのものである巨大な光の存在――『原初神アルファ』。
アレンの背中に生える六枚の翼は、もはや漆黒ではなく、宇宙の深淵を切り取ったかのような、底知れぬ星々の瞬きを宿していた。
世界の創造主を前にして、反逆の咎人勇者は、すべてを終わらせる『究極の姿』をまとって静かに降り立つ。




