【概念粉砕】魔王の意地
「アレン様に、これ以上近づけるものですか……! 『血塗られた紅蓮の絶槍』!!」
主の危機に、イリスが自身の生命力を削って放った極大の吸血鬼魔法。
巨大な紅蓮の槍が、空気を真っ赤に染め上げながら裁定者エノクの胸元へと殺到する。
山すらも穿つ、真祖の全力の一撃だった。
だが、エノクは身じろぎ一つしない。
顔に刻まれた光の十字が、ただ無機質に点滅しただけだった。
『――不許可。』
――スッ。
次の瞬間、イリスが放った紅蓮の槍は、エノクに触れるどころか、彼の手前数メートルの空間で「音もなく」完全に消滅した。
魔法が防がれたのではない。
イリスが「魔法を放った」という事象そのものが、世界から削り取られ、無かったことにされたのだ。
「な……!? 私の最強の魔法が、いとも容易く……」
『魔力とは、この世界の法則内に存在する関数に過ぎない。世界そのものを初期化している現在、システム上の攻撃はすべて無効化される。無意味な抵抗は推奨しない』
エノクが淡々と告げる中、アレンの足元のバルコニーがさらに白く侵食され、崩れ落ちていく。
「イリス、下がっていろ。魔法の法則で戦っても、ルールブックそのものを消しゴムで消してくるような奴には勝てない」
アレンはイリスを背後へ下がらせると、崩れゆく足場の上で、自身の右手に**『漆黒の炎』**を限界まで圧縮して宿した。
「さあ、消しゴム野郎。俺の炎も消してみろ」
アレンが右腕を振り抜くと、圧縮された黒炎が凄まじい咆哮を上げ、巨大な闇のうねりとなってエノクへと襲いかかった。
神すらも灰にする、絶対的な神殺しの炎。
しかし、エノクの無機質な声は揺るがない。
『対象のエネルギーを検知。規格外の熱量。……しかし、システム内の事象であることに変わりはない。対象コード、消去開始』
エノクが光の輪を回転させると、アレンの放った漆黒の炎が、空中でピタリと静止した。
そして、禍々しく燃え盛っていた炎の先端から、まるで映像のノイズが走るように「真っ白」に漂白され、徐々に存在を消し去られ始めたのだ。
『エラーコードの修正順調。対象の存在確率、残り40%……30%……』
「……へえ。さすがの邪神の炎も、世界の法則には勝てないってか」
消えゆく自身の炎を見つめながら、アレンは深く、ひどく冷たい溜息をついた。
「だがな。さっきから聞いていれば、数字だのシステムだの……他人の存在を、勝手に計算してエラー扱いしてんじゃねえよ」
アレンの赤い瞳が、かつてないほどの凶悪な光を放つ。
「俺は、俺を見下す理不尽をぶっ壊すためにここにいる。俺の『意地』は、お前らのふざけた法則の枠内に収まるほど、安っぽくできていないんだよ!」
アレンが右の拳をギリッと握り込んだ瞬間。
彼の内奥にある、追放された底知れぬ怒り、世界に対する憎悪、そして絶対に誰にも支配されないという**『理不尽な反逆の意志』**が、消えかけていた黒炎へと爆発的に注ぎ込まれた。
『――クハハハハハッ!! やれアレン! 私とお前の純粋な「殺意」で、この堅苦しい世界をバグらせてやれ!!』
脳内の邪神ノアが狂喜の声を上げ、アレンの自我と完全に同調する。
その直後、エノクの背後で回転していた光の輪が、突如として「ギギギギギッ!!」という不快な摩擦音を立てて明滅を始めた。
『……警告。対象データの異常膨張を確認。未定義の感情データ……「純粋な殺意」「反逆の意志」……システムによる変換、及び処理が追いつきません』
「当たり前だ。俺の怒りを、安っぽい数字と一緒にすんじゃねえぞ」
漂白され、消えかけていたはずのアレンの黒炎が、突如としてシステム側の「消去の法則」を喰い破り、どす黒いバグのノイズを纏いながら元の数倍の巨大さに膨れ上がった。
『処理不能。処理不能。論理の崩壊――』
「エラーが出たなら、大人しくフリーズしてろ!!」
アレンが右腕を力任せに前方へ突き出す。
世界の法則を完全に無視した、純粋な意志と暴力の塊である『バグの黒炎』が、真っ白な虚無の空間をバリバリと砕きながら、エノクへと直撃した。
――ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!
『――ガ、ギ、ピィィィィィィッ!?』
無機質だったエノクから、初めて電子機器がショートしたような不快な悲鳴が上がる。
絶対無敵のはずの裁定者。
その防御も概念消去もすべて力技でねじ伏せられ、エノクの右腕から肩にかけての半分が、黒炎によって完全に吹き飛ばされたのだ。
「……」
右腕を失い、断面から光のノイズを散らしてよろめくエノク。
その様子を、アレンは纏わりつく黒炎の向こう側から、絶対的な強者としての冷笑を浮かべて見据えていた。
「どんなに完璧なシステムだろうが、想定外のバグを叩き込まれりゃ壊れるもんだ。……お前らのふざけた初期化は、俺が物理的に止めてやる」
世界の法則すらも、圧倒的なエゴと暴力で粉砕する。
誰にも止められない規格外の魔王の反逆は、ついに星のシステムそのものを凌駕し始めていた。




