【天界侵攻】魔王軍、空を割る
セラフィアの案内のもと、アレンとイリス、そして数万に膨れ上がった魔王軍の軍勢は、地上で最も空に近いとされる世界最高峰の霊山・『天柱山』の頂へと辿り着いていた。
「ここよ。この何もない空間の先に、天界へと繋がる**『不可視の神門』**が存在しているわ」
吹き荒れる吹雪の中、セラフィアが虚空を指差して言った。
魔王軍の魔物たちが「何もないぞ?」と首を傾げる中、アレンの赤い瞳は、空間そのものを分厚く覆っている途方もない質量の『光の壁』を正確に捉えていた。
「なるほど。確かに、反吐が出るほど高密度な神聖魔力で編まれた結界だ」
「ええ。あらゆる闇や魔の属性を弾き返し、無理に触れれば存在そのものを消滅させる『絶対防御の結界』。
かつて邪神ノアを封印した際、神々が絶対に破られないようにと総力を結集して創り上げた、概念的な防壁よ。
これを突破するには、天界の鍵を持つ最高位の天使か――」
セラフィアが突破の困難さを説明しようとした、その時。
『――クハハハハッ! そうだ、思い出したぞ! かつて私を奈落へ突き落とした後、臆病者のクソ神どもは、この分厚い壁の向こう側で震えながら隠れていたのだ!』
アレンの脳内で、邪神ノアが爆笑しながら叫んだ。
『だがなぁ、アレン! 今の私とお前が完全に同調した力の前では、あんな壁、薄紙も同然だ!!』
(ああ、分かっている。……小賢しいギミックも魔法陣も必要ない)
アレンはセラフィアの横を通り過ぎ、不可視の神門の真正面へと無造作に歩み出た。
「ま、待ってアレン! いくらあなたの黒炎でも、概念結界を焼き尽くすには膨大な時間が――」
「燃やしたりなんかしないさ。そんなまどろっこしい真似はしない」
アレンは右手の拳を強く握り込んだ。
その瞬間、彼の背中に『漆黒の邪神の翼』が顕現し、莫大な黒炎が**「右の拳」の一点だけ**に超高密度で圧縮されていく。
周囲の空間が、そのあまりにも理不尽な魔力の質量に耐えきれず、ギリギリと悲鳴を上げ始めた。
「絶対防御だの、概念結界だの。……神様ってのは、揃いも揃って大袈裟な名前をつけるのが好きらしいな」
アレンは右拳を限界まで引き絞り、赤い瞳を凶悪に細めた。
「俺から見りゃ、ただの邪魔な『ガラス戸』だ」
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
アレンの放った純粋な暴力――超圧縮された黒炎を纏った右ストレートが、見えない結界のド真ん中へと深々と突き刺さった。
その瞬間、世界中の大気がビリビリと震え上がり、何もないはずの虚空に**「ピキピキピキッ!!」**という亀裂が走る。
「え……!? 嘘、物理的な打撃で、神の結界にヒビが……!?」
セラフィアが信じられないものを見るように目を見開く中。
アレンがさらに拳へ力を込めると、亀裂は一瞬にして空全体へと広がり――パァァァンッ!! という鼓膜を破るような破砕音と共に、空の空間そのものが巨大なガラスのように粉々に砕け散った。
「「「…………」」」
空が割れた。
その事実を前に、魔王軍の魔物たちすらも絶句する。
砕け散った空間の向こう側に現れたのは、黄金の光に満ちた雲海と、白亜の美しい神殿が立ち並ぶ神々の国、天上界であった。
「……ヒィッ!? な、なんだ!? 結界が、結界が割られたぞォォッ!?」
「ば、馬鹿な! 邪神でさえ突破できないはずの絶対防壁が、ただのパンチ一発で粉砕されただと!?」
門の向こう側で警備をしていた天使たちが、割れた空から顔を出したアレンを見て、腰を抜かしてパニックに陥っている。
「開いたぞ。……おいイリス、あとは好きにしろ」
「ふふっ……! さすがは我が王、あまりにも雄々しく、圧倒的な御力! 魂が震えますわ……!」
アレンの命令に、吸血鬼の真祖イリスは恍惚とした表情で一礼すると、後ろに控える数万の魔王軍に向かって高らかに号令を下した。
「さあ、お前たち! 我らが魔王様の覇道に続くのです! あの傲慢な神々の美しい国を、お前たちの醜い足で泥まみれに蹂躙してやりなさい!!」
『『『オオオオオオオオオオッ!!!』』』
地鳴りのような咆哮と共に、ゴブリン、オーク、魔竜といった醜悪で凶暴な魔物たちが、割れた空から次々と天界へなだれ込んでいく。
「いやぁぁぁっ! や、やめろ! 汚い魔物どもが、神聖な天界に足を踏み入れるな!」
「ひ、退け! ミカエル様の元へ急報を――ギャアアアッ!」
純白の雲海が魔物の足に踏み荒らされ、美しい神殿が黒炎に焼かれて崩れ落ちていく。
それは、絶対に侵されるはずがなかった「美しい神の国」が、悪魔たちによって蹂躙されていく絶望のパレードの開幕だった。
「……信じられない。あの神々の絶対領域が、こんなにも呆気なく……」
呆然と立ち尽くすセラフィアの横を通り抜けながら、アレンは空へ向かって悠然と歩みを進める。
「神だの天使だのって威張ってる割には、脆い玄関だったな」
アレンの纏う漆黒の絶望が、ついに神々の喉元へと噛みついた。
世界の支配者を引きずり下ろすための、最凶の下克上が今、天界を舞台に幕を開ける。




