【墜ちた戦乙女】追放された天使と魔王
半数の軍勢を失った神将ミカエルが、無様に天界へと逃げ帰った直後。
玉座のバルコニーから空を見上げていたアレンの耳に、上空から空気を切り裂くような甲高い風切り音が届いた。
――ズドォォォォォォンッ!!
魔王城のすぐ前の荒野に、まるで隕石でも落ちたかのような激しい衝撃と土煙が巻き起こる。
「……なんだ? さっきの羽虫どもの生き残りか?」
アレンがイリスを連れてクレーターの底へと降り立つと、そこに倒れていたのはミカエルたちのような神々しい天使ではなかった。
白銀の鎧はボロボロに砕け、美しい銀髪は泥にまみれている。
何より痛々しいのは、彼女の背中だった。
天使の象徴であるはずの純白の翼が、根元から無惨に「もぎ取られて」おり、大量の血を流していたのだ。
彼女の名はセラフィア。
かつては天界でも高位の戦乙女であったが、「人間を搾取し、家畜のように扱うのは間違っている」と神のやり方に異を唱えた結果、反逆罪として翼を剥ぎ取られ、地上へ追放された存在だった。
「ゲホッ、ゴホッ……あ、ああ……」
痛みに呻きながら這いつくばるセラフィア。
その上空の空間が再び歪み、彼女を追ってきた十数人の『処刑部隊』の天使たちが舞い降りた。
「見つけたぞ、反逆者セラフィア! 神に逆らい、あろうことか下等な家畜(人間)どもに同情するとは、天使の恥晒しめ!」
「翼をもがれ、地に堕ちた泥まみれの気分はどうだ? さあ、ミカエル様の命により、ここで完全に消滅させてやる!」
処刑部隊の天使たちが、下劣な笑みを浮かべて光の槍を構える。
魔力が尽き、立ち上がることすらできないセラフィアは、自身の理不尽な死を悟り、ギュッと目を閉じた。
(……これが、正しいことを貫こうとした私の末路なのね……)
しかし。彼女の体を貫くはずの光の槍は、いつまで経っても振り下ろされなかった。
「……五月蝿いな。俺の庭で喚き散らすなよ、害鳥ども」
底冷えするような低い声。
直後、**「ギャアアアアッ!?」**という醜い悲鳴と共に、十数人いた処刑部隊の天使たちが、一瞬にして『漆黒の炎』に包まれ、真っ黒な灰となって風に消え去ったのだ。
「え……?」
死を覚悟していたセラフィアがゆっくりと目を開けると、そこには漆黒の外套を羽織り、冷酷な赤い瞳を持った青年――魔王アレンが立っていた。
「あ、あなたが、彼らを……? なぜ……どうして、世界を滅ぼす魔王が、天使である私を助けたの……?」
困惑するセラフィアに対し、アレンは表情一つ変えずに冷たく言い放った。
「勘違いするな。俺は俺の敷地でデカい顔をしていた害鳥を焼き払っただけだ。お前を助けたわけじゃない」
「え……」
「それに、お前はもう天使じゃないだろう。その背中の無様な傷跡が証拠だ」
アレンの言葉に、セラフィアはハッとして俯き、唇を噛み締めた。
自分が信じた「正義」は神々に否定され、仲間だと思っていた者たちに羽をむしり取られ、ゴミのように地上へと捨てられた。
今の自分にはもう、帰る場所も、誇れるものも何もないのだ。
その絶望に染まったセラフィアの姿を、アレンは静かに見下ろしていた。
(……気に入らない奴は、力を奪って底辺へ突き落とす、か)
アレンの脳裏に、かつて自分を嘲笑いながら追放した、レオンや国王たちの顔が過ぎる。
天界の神々とやらも、やっていることは地上の腐った人間たちと何一つ変わらない。
むしろ、自分たちを絶対の正義だと信じ込んでいる分、余計にタチが悪い。
アレンは、泥まみれになって震えるセラフィアの前に立ち、無造作に右手を差し出した。
「お前、あの光り輝く連中の『本拠地』への行き方を知っているな?」
「……! も、もしかして、天界へ行くつもりなの!? 無理よ! 天界へ続く道は、神々にしか通れない絶対防御の結界で守られて――」
「通れるか通れないかは、俺がダチ(邪神)と一緒に力ずくで決める。お前はただ、そこへの道を案内すればいい」
アレンは赤い瞳を細め、狂暴な笑みを浮かべた。
「案内するなら、お前の羽を毟り取った連中が、絶望に顔を歪めて泣き叫ぶ特等席を用意してやる。……どうする? このまま泥をすすって死ぬか、それとも俺についてくるか」
それは、悪魔による危険極まりない誘惑。
しかし、自分を追放した理不尽な神々に復讐できるという言葉は、全てを失ったセラフィアの心に、暗く熱い火を灯した。
「……悪魔の誘いに乗るなんて、私も本当に堕ちたものね」
セラフィアは自嘲気味に微笑むと、差し出されたアレンの手をしっかりと握り返し、泥だらけの足で立ち上がった。
「分かったわ、魔王アレン。私を、天界へ連れて行って。……あの傲慢な神々に、あなたが本物の絶望を教えるところを、この目で見届けてあげる」
「契約成立だ。せいぜい役に立てよ、ポンコツ元天使」
正義を信じて裏切られ、追放された者同士。
絶対に相容れないはずの『元勇者の魔王』と『元天使の戦乙女』による、いびつで最凶なダーク同盟がここに結成された。
彼らの見据える先はただ一つ。世界を盤上から見下ろす傲慢な神々を、その絶対の玉座から引きずり下ろすことである。




