【神々の逆鱗】天からの宣戦布告
雲のさらに上、一切の穢れを知らぬ天上界。
眩い光に包まれた『神々の神殿』の奥深くで、白き六枚の翼を持つ天界の最高神将・ミカエルは、報告にきた下級天使の胸ぐらを怒り任せに締め上げていた。
「もう一度言ってみろ。地上の『供給ルート』が、どうなっただと?」
「も、申し訳ございませんミカエル様! 王都の魔力炉も、精霊の森の霊樹も、王城のメインコアも……すべて、地上に現れた『魔王アレン』の手によって完全に破壊されました! このままでは、天界に献上される魔力が枯渇してしまいます!」
ミカエルは舌打ちをして、下級天使を大理石の床へ乱暴に投げ捨てた。
「あのシステムは、我々神々が優雅に永遠を生きるため、地上の『家畜(人間)』どもから効率よく魔力を搾取するために作った完璧な箱庭だったというのに……!」
ミカエルの美しい顔が、夜叉のように醜く歪む。
「たかが人間の小僧が、世界のバグとなって我ら神のシステムに泥を塗ったというのか。……許さん。神の権威に逆らう愚かな悪魔め、天罰を下してやる!」
ミカエルは神殿のバルコニーへと歩み出ると、光り輝く剣を天へと掲げた。
「全軍、出撃せよ! 地上の不浄なるバグを、その小賢しい城ごと完全に消し飛ばすのだ!!」
『ハッ!! 我らが神将、ミカエル様の御心のままに!』
ミカエルの号令に呼応し、空を埋め尽くすほどの数万の天使兵たちが、一斉に地上へ向けて飛翔を開始した。
その頃、地上の荒野にそびえ立つ『漆黒の魔王城』。
玉座の間で頬杖をついていたアレンの脳内に、邪神ノアの、狂喜に満ちた叫び声が響き渡った。
『――アレン! アレン! 来るぞ、来るぞォ! かつて私を奈落へ突き落とした、あの傲慢で薄汚いクソ神どもが!! ああ、この吐き気のする光の魔力……間違いない!』
「うるさいぞ、ノア。頭の中で騒ぐな」
アレンが鬱陶しそうに眉をひそめた、次の瞬間。
――ピキ……パリンッ!!
魔王城の上空の空間が、まるでガラスが割れるように砕け散った。
そこから、目を焼くような強烈な黄金の光が降り注ぎ、空を覆い尽くすほどの天使の軍勢が、整然とした隊列を組んで降臨したのだ。
『な、なんだあれは!? 空から化け物どもが!』
魔王城の庭で待機していた旧魔王軍の残党たちが、その圧倒的な神のプレッシャーに怯え、後ずさる。
「……随分と大掛かりな御一行様だな」
アレンは玉座から一歩も動くことなく、バルコニー越しにその光景を見上げた。
天使軍の最前列に浮かび上がったのは、六翼を広げた神将ミカエルだった。
彼は魔王城を見下ろし、世界中に響き渡るような荘厳な声で言い放った。
「下等なバグ(魔王)よ! 貴様の罪深い存在は、我ら神々によって今ここに取り消される! 己の無力さを呪いながら、神の光に焼かれて消滅するがいい!」
ミカエルが手を振り下ろすと、数万の天使兵が一斉に魔力を練り上げ始めた。
それは、**かつて聖教団の教皇が数万の命を代償に喚び出した『異形の天使』の魔法など比較にならない、**正真正銘の神々による絶対的な一撃。
「――『絶対神罰・天地浄化の光』!!」
数万の天使から放たれた極大の光の奔流が、天空から魔王城を丸ごと飲み込もうと降り注ぐ。
その熱量は、大地を海に変え、山を跡形もなく消し飛ばすほどの威力を秘めていた。
イリスたち魔王軍の幹部ですら、「あ、ああ……終わりだ……」と死を覚悟し、目を閉じた。
だが。
「……神の光だ? 寝言は天界で言え」
玉座に深く腰掛けたまま。
アレンは、退屈そうに右手を軽く天へと向けた。
「――消えろ。『神殺しの黒炎』」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
アレンの手のひらから放たれた**『漆黒の炎』**が、一瞬にして魔王城の上空を覆い尽くす巨大な顎へと変貌した。
降り注ぐ絶対的な「神の光」と、アレンの放った「邪神の闇」が激突する。
「はっははは! 無駄な足掻きを! 我ら神の聖なる力に、地べたを這いずる悪魔の魔力など通じるわけが――」
ミカエルが勝利を確信して高笑いをした、その直後。
「な……に?」
ミカエルの顔から、表情がすっぽりと抜け落ちた。
アレンの放った黒炎は、神の光を弾くのではなく、バリバリと音を立てて喰らい尽くし、そのまま空へ向かって逆流を始めたのだ。
「バ、馬鹿な!? 神罰魔法が、食べられているだと!? ひ、退避しろぉぉッ!」
ミカエルの絶叫は遅すぎた。
光を喰らって爆発的に巨大化した黒い炎の津波が、空に浮かぶ天使の軍勢を容赦なく飲み込んだ。
「ギャアアアアアッ!?」
「あ、熱い! 神の加護が、羽が燃え、ぐあああああっ!!」
炎に巻かれた天使たちは、悲鳴を上げる間もなく、その美しい羽ごと瞬く間に真っ黒な灰へと変わっていく。
たった一撃。アレンが玉座から放ったたった一度の黒炎によって、数万いた神の軍勢の半数が、空からチリとなって消し飛んでしまった。
「あ、あああ……ば、馬鹿な……人間の小僧ごときが、神である我々に……!?」
生き残ったミカエルは、羽の一部を黒焦げにされながら、恐怖と屈辱でガタガタと全身を震わせていた。
「おい、羽虫」
玉座から見上げるアレンの赤い双眸と、ミカエルの視線がぶつかる。
アレンの目には、神に対する敬意など微塵もない。あるのは、絶対的な弱者に対する「見下し」だけだった。
「お前たちが人間を家畜として扱おうがどうでもいい。だがな……俺の頭の上から、デカい顔で見下してくる奴は生かしておかない主義なんだ」
アレンは玉座からゆっくりと立ち上がり、背中に『漆黒の邪神の翼』を顕現させた。
脳内で、ノアが狂ったように高笑いをしている。
「逃げるなら今のうちだぞ。……俺は今から、お前らのそのふざけた神の国を、物理的にぶっ壊しに行くからな」
世界を滅ぼす魔王の刃が、ついに絶対的上位者である「神」の喉元へと突きつけられた。




