【愚王の決断】浮遊城の起動と生贄の勇者
「陛下! 精霊の森の『霊樹』が完全に沈黙しました! 魔王アレンが、魔物の大軍勢を率いてこの王都へ向かってきております!」
豪奢なシャンデリアが照らす王城の玉座の間。
血相を変えて駆け込んできた伝令の報告に、居並ぶ大臣や将軍たちはパニックに陥り、悲鳴のような声で騒ぎ立てた。
「お、終わりだ! 魔力炉も霊樹も失い、我が国の防衛結界は完全に消滅したのだぞ!」
「あのような化け物を止められるわけがない! 逃げるのだ、早く!」
「――五月蝿いぞ、貴様ら。王の御前である、少しは静粛にしたまえ」
大混乱の玉座の間で、ただ一人。
最高級のワイングラスを傾けながら、優雅に微笑んでいる初老の男がいた。
この国の絶対権力者であり、アレンを追放した最大の黒幕――国王アルベルトである。
「へ、陛下……! しかし、このままでは魔王に王城が……!」
「案ずることはない。私は王族の血を引く『選ばれし人間』だ。下民や薄汚い亜人どもとは違い、私だけは絶対に生き残るようにできているのだよ」
アルベルトはワインを飲み干すと、玉座の肘掛けに隠された隠しスイッチを押し込んだ。
――ゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
直後、王城全体が激しい地震のような揺れに襲われた。
「な、なんだ!?」と将軍たちが窓の外を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
王都に残っていた数万人の市民たちの体から、強制的に赤い光(生命力)が吸い上げられ、王城の地下へと集まっていく。
命を抜かれた市民たちは、次々と干からびて地面に倒れ伏していった。
「へ、陛下! これは一体!?」
「ただの動力源だよ。地下の魔力炉は壊されたが、この王城そのものが、古代の禁呪兵器**『機神の浮遊城』**なのだからな」
数万の国民の命を燃料にして、巨大な王城がズズズッと大地から引き剥がされ、天空へと浮かび上がっていく。
自分たち王族さえ生き残れば、国民の命など安い薪と同じ。
それが、このアルベルトという愚王の腐りきった本性だった。
その時、玉座の間の重厚な扉が少しだけ開き、ボロ雑巾のような姿をした一人の男が這いずって入ってきた。
「へ、陛下ぁ……! たす、助けてくれ……!」
顔は泥と涙にまみれ、目は血走り、かつての栄光の面影など微塵もない。
聖教団の総本山から一人で逃げ出し、命からがら王城へとすがりついてきた「偽りの勇者」レオンだった。
「おや、勇者レオン殿ではないか。教団が壊滅したと聞いて心配していたのだよ」
「あ、アレンだ……! あの悪魔が俺を狙っている! なあ、俺は真の勇者だろう!? あんたの軍隊で、早くあのゴミクズを殺してくれよぉっ!」
プライドも何もかも投げ捨て、子供のように泣き喚くレオン。
その無様な姿を見下ろし、アルベルトの底意地の悪い瞳がキラリと光った。
(ちょうどいい。この浮遊城を完璧に稼働させるには、高純度の魔力を持った『生体コア』が必要だったのだ)
アルベルトは玉座から立ち上がり、これ以上ないほどに優しい、慈愛に満ちた笑みを浮かべてレオンに歩み寄った。
「もちろんだとも、レオン殿。君こそが世界を救う真の勇者だ。……実は、君のために用意した『最終兵器』があるのだよ」
「さ、最終兵器……!?」
「ああ。アレンなど指先一つで消し飛ばせる、最強の鎧だ。さあ、勇者として再び立ち上がり、あの悪魔に引導を渡してやってくれ」
王の甘い言葉に、レオンの濁った瞳に再び「狂った希望」の光が宿る。
(そうだ……俺は勇者だ! 強力な武器さえあれば、俺だってあんな小僧……!)
「や、やる! 俺がやる! 俺が真の勇者だってことを、世界中に証明してやるんだ!」
アルベルトに案内され、レオンが玉座の奥に隠された魔法陣の中央に立った、その瞬間。
――ガシャァァァンッ!!
「え?」
魔法陣の周囲から、無数の太い鋼鉄のケーブルや鋭い金属の触手が飛び出し、レオンの手足、胴体、そして背中へと容赦なく突き刺さった。
「ギャアアアアアアッ!? な、なんだこれ! 痛い、痛いぃぃっ!?」
肉を貫き、骨に直接絡みつく鋼鉄の群れ。
レオンは魔法陣の拘束具に縛り付けられ、みるみるうちに巨大な機械の塊へと飲み込まれていく。
「へ、陛下! これは、最強の鎧じゃ……ギャアッ!?」
「最強の鎧だよ。君自身が、この浮遊城の『生体バッテリー(部品)』としてな」
アルベルトは、金属に侵食されていくレオンを見下ろして冷酷に嗤った。
「君のような才能のない小悪党でも、膨大な魔力だけは一丁前だからな。せいぜい、勇者として私の城の立派な礎となってくれたまえ」
「だ、騙したな……! 許さねぇ、お前らみんな、俺を利用して……ギ、アアアァァァァァッ!!」
鋼鉄の装甲がレオンの体を完全に覆い尽くし、彼の顔の半分に無機質な機械のパーツが埋め込まれていく。
復讐と承認欲求に狂った偽りの勇者は、ついに自らの意志すら奪われ、王城と完全に融合した**『醜悪な機神(化け物)』**へと堕ちたのだった。
『ア……アァ……オレハ、ユウシャ……シンノ……』
機械音声の混じった不気味なうめき声が、玉座の奥で響き渡る。
愚王の身勝手な決断により、数万の命を吸い上げた絶望の浮遊城が、魔王を迎え撃つべく天空でその砲門を開いた。




