【灰燼と再生】慈愛(メッキ)の崩壊
「消し飛びなさい、アレン! あなたの存在すべてを光で掻き消してあげる! 『極光の神罰』!!」
空中に浮かぶエレイナが両手を振り下ろすと、六枚の光の羽から、太陽そのものが落ちてきたかのような極大の閃光が放たれた。
森の空気を一瞬で沸騰させ、視界を真っ白に染め上げる必殺の神聖魔法。
それが、容赦なくアレンの頭上へと降り注ぐ。
「……五月蝿い光だ」
だが、アレンは一歩も退かなかった。
彼が右手に宿した**『漆黒の炎』**を頭上に掲げると、炎はまるで飢えた獣のように膨れ上がり、降り注ぐ極大の閃光を正面から「バクバクと喰らい」始めたのだ。
「なっ……!? 嘘でしょ、私の、神の力が食べられて……!?」
「神だの女神だのと、くだらない妄想に浸るのはそこまでにしろ。――返すぞ」
アレンが右手を握り込むと、閃光を喰らってさらに巨大化した漆黒の炎が、エレイナに向かって逆流するように襲いかかった。
「ひぃっ!? いやぁぁぁっ!!」
黒い炎がエレイナの全身を包み込む。
しかし、彼女が想像していた「肉体が焼き尽くされる激痛」は訪れなかった。
アレンの放つ邪神の黒炎は、エレイナの肉体を傷つけるのではなく、彼女が霊樹から奪い取った**『命の搾取システム(禁呪)』だけをピンポイントで焼き尽くしていた**のだ。
「あ、あああ……私の、私の羽が……! 力が抜けていく……!」
背中に生えていた六枚の光の羽が、黒い炎に焼かれてボロボロと崩れ落ちる。
それと同時に、霊樹から奪われていた莫大な生命力が解放され、光の粒子となって森中へと降り注いでいった。
「嘘よ、嫌っ! 私の力! 私の美しさが……!!」
力を失い、地面へと墜落したエレイナの体に「異変」が起きた。
他者の命を無理やり取り込み、それを強制的に剥がされた強烈な副作用。
完璧だった彼女の白い肌は、瞬く間に水分を失ってシワだらけになり、美しい金髪は白髪となって抜け落ちていく。
数秒後、そこへ倒れ込んでいたのは、女神のような聖女などではない――醜くしわ枯れた、ただの老婆だった。
「あ、あああ……嫌ぁぁぁっ! 見ないで! こんなの私じゃないわ!」
水たまりに映った自分の顔を見たエレイナは、狂ったように叫び声を上げ、自身の顔を掻きむしった。
力を失うことよりも、自分が愛してやまなかった「圧倒的な美貌」を失ったことこそが、極度のナルシストである彼女にとって死以上の絶望だったのだ。
「私を殺しなさい! アレン! こんな醜い姿で生き恥を晒すくらいなら、ひと思いに殺せぇっ!!」
「……誰がお前のようなゴミを殺すと言った?」
老婆の声で泣き叫ぶエレイナを、アレンは氷のように冷たい目で見下ろした。
「お前はさんざん、他人の命を養分にして生きてきたんだ。そのツケは、きっちりと払ってもらう」
アレンが顎で指し示した先。
そこには、解放された生命力によって息を吹き返したエルフたちが、怒りと憎悪に満ちた目でエレイナを取り囲もうとしていた。
「ヒッ……! くるな、来ないで……! 私は聖女よ! あなたたちを導く光――」
「お前が奪った命だ。こいつらに、好きなだけ恨まれて泥水をすすれ」
アレンはそれだけ言い捨てると、もはやエレイナに一片の興味も失ったかのように背を向けた。
直後、老婆となった彼女に向かって、復讐に燃えるエルフたちが一斉に群がっていく。
「いやぁぁぁっ! 助けて! 許してぇっ!」という無惨な悲鳴が森に響き渡ったが、アレンが振り返ることは二度となかった。
――サァァァァッ……。
エレイナから解放された生命力が森に満ちたことで、赤黒く変色していた霊樹は本来の美しい緑の輝きを取り戻した。
枯れ果てていた大地からは一斉に花が咲き乱れ、森の空気が清らかなものへと浄化されていく。
「あ、あの……!」
立ち去ろうとするアレンの背中に、エルフの姫・ルミナが声をかけた。
彼女は、一族の者たちと共に深々と地面に平伏し、震える声で叫んだ。
「私たちを、そしてこの森を救っていただき、本当に……本当にありがとうございます! あなた様は、やはり私たちの救世主様です……!」
「……耳の遠い女だな。俺はゴミを焼いただけだと言ったはずだ」
アレンは冷たく吐き捨てるように応えた。
決して振り返らず、感謝の言葉も一切受け取らない。
「行くぞ、イリス。こんな反吐が出るような綺麗に澄んだ空気の中には、一秒たりともいたくない」
「ふふっ、御意のままに。我が王」
漆黒の外套を翻し、アレンは森の出口へと歩き出す。
彼はあくまで「世界をぶっ壊す魔王」として振る舞い、自らの復讐を果たしただけだ。
しかし、その圧倒的な闇と暴虐が、結果的に腐敗した光を討ち滅ぼし、弱き者たちを理不尽な地獄から救い出している。
誰も理解しなくていい。誰にも愛されなくていい。
エルフたちからの痛いほどの感謝と畏敬の念を背に受けながら、反逆の咎人勇者は、再び孤独で苛烈な覇道へと歩みを進めるのであった。
【第2章:偽聖女と腐敗の霊樹編・完】




