【偽りの女神】腐敗した霊樹の覚醒
精霊の森の最深部。
かつて森の生命の源であった巨大な『霊樹』は、今や赤黒い脈動すら止め、完全に灰色の枯れ木へと成り果てていた。
「あ、ああ……森が……私たちの命が……」
「お母さん……苦しいよぉ……」
霊樹の周囲の地面には、儀式の生贄として魔力と生命力を限界まで吸い上げられたエルフたちが、次々と倒れ伏していた。
彼らの肌は土気色に変色し、今にも命の灯火が消えようとしている。
そんな地獄絵図の中心で、空気を震わせるほどの強烈な「光」が弾けた。
「ああ……満ちてくるわ。私の体に、無限の命の力が……!」
枯れ果てた霊樹の根元から、ふわりと宙へ舞い上がった一つの影。
純白のドレスを纏った偽りの聖女・エレイナだった。
彼女の背中には、霊樹から奪い取った莫大な生命力によって形成された**『六枚の光の羽』**が神々しく輝いている。その姿は、絵画に描かれる女神そのものだった。
「素晴らしいわ……! これが神の力! ガレスの馬鹿が少しは時間稼ぎをしてくれたおかげね。ふふっ、あんな筋肉だるまでも、最後の最後で役に立ったじゃない!」
エルフたちの悲鳴と絶望をBGMに、エレイナは恍惚とした表情で高笑いをする。
「――他人の命をすすって手に入れた羽で、女神気取りか。相変わらず、頭の中身はお花畑らしいな」
その時、広場に底冷えするような声が響いた。
エレイナが視線を下ろすと、そこには漆黒の外套を羽織ったアレンと、従者のイリスが静かに立っていた。
「あら、アレン! 生きてここまで辿り着いたのね。あなたのような無能が私の顔を拝めるなんて、本当に運がいいわ」
エレイナは空中に浮かんだまま、慈愛に満ちた(ように見える)完璧な笑顔でアレンを見下ろした。
「でも、もう遅いわよ。見ての通り、私はこの森の命を全て取り込み、人を超えた『神』になったの。
……ねえアレン? あなたが魔王だなんて悪い冗談はやめて、もう一度私のために這いつくばって働きなさいな。
そうすれば、少しは生かしておいてあげるわよ?」
「……本気で言っているのか、お前は」
アレンは呆れたように深いため息をついた。
かつては、この女の笑顔の裏にある真っ黒な本性に気づけなかった自分が腹立たしい。
「お前が背中に生やしているのは、ただの醜い『寄生虫の証』だ。無抵抗なエルフたちから命を掠め取って肥え太っただけの、巨大な蚊と変わらない」
「なっ……!?」
『蚊』という屈辱的な言葉に、エレイナの完璧な笑顔がピシッと引きつった。
「わ、私を……この美しく尊い私を、虫ケラ呼ばわりしたわね……!? 許さない! 嫉妬に狂った薄汚い悪魔め、その小賢しい口を二度と利けないようにしてやるわ!!」
エレイナが激昂して両手を掲げると、背中の光の羽から、辺り一面を真昼のように照らすほどの莫大な神聖魔力が溢れ出した。
その力は、**つい先日、聖教団が数万の命を代償にして喚び出した『異形の天使』すらも凌駕するほどの、**圧倒的な熱量と破壊の気配を持っていた。
「見なさいアレン! これが正義の力よ! あなたのような醜い存在は、私の神聖な光で跡形もなく浄化してあげる!」
「……正義の力、ね」
空から放たれる極大の光のプレッシャーを受けながらも、アレンの表情には微塵も焦りがなかった。
彼は右手を軽く持ち上げ、そこに**『漆黒の炎』**を揺らめかせる。
「いいだろう。お前が盗み取ったその安っぽい光……俺が根元からへし折ってやる」
絶対的な力に酔いしれる偽りの女神と、冷徹な瞳でそれを見据える漆黒の魔王。
精霊の森を舞台にした、慈愛を剥がすための最後の蹂躙が、今まさに始まろうとしていた。




