【慈愛の化け物】聖女の狂計
――ピシャァァァッ!!
「ぎゃあっ!」
「早く木を運べ、この尖り耳のゴミ共! 聖女様とガレス様のための陣地を築くんだよ!」
かつて、精霊が加護を与えると謳われた美しき『精霊の森』。
しかし現在のその場所は、王国軍の兵士たちが我が物顔で駐留し、元々この森に住んでいたエルフたちを奴隷のように鞭打つ、地獄の強制労働施設と化していた。
その森の最深部。
ひときわ豪華に装飾された巨大な天幕の中で、巨漢の戦士ガレスは、怒りと焦りのままに分厚い木製のテーブルを拳で粉砕していた。
「クソッ……! クソがぁッ!! どういうことだ! なぜあのゴミクズ(アレン)が生きている!?」
ガレスの太い腕には、脂汗がびっしりと浮かんでいた。
王都のシステムが破壊され、さらには教皇ザカリアや数万の聖教団が一夜にして全滅したという報せは、王国の最重要拠点であるこの森にも届いていたのだ。
「しかも、魔王軍を従えているだと……!? ふざけるな! あいつは俺が……俺たちが見下して、絶望の底に突き落としたただの凡人だろうが!」
ガレスは己の力に絶対の自信を持つ男だった。
だからこそ、自分よりひ弱な魔法剣士でありながら「勇者」としてチヤホヤされていたアレンをずっと疎ましく思い、嫉妬していた。
あいつが魔王になった? 自分たちに復讐しに来る?
その恐怖をかき消すように、ガレスは再び周囲の家具を蹴り飛ばす。
「……少しは落ち着きなさいな、ガレス。野蛮な真似は、お前の薄汚い顔だけにしてちょうだい」
「あぁん!?」
荒れ狂うガレスの背後から、鈴の音のように可憐な、しかし氷のように冷たい声が響いた。
天幕の奥に置かれたふかふかのソファ。そこに優雅に腰掛け、高級な紅茶を啜っていたのは、純白のドレスに身を包んだ偽りの聖女・エレイナだった。
「お前は怖くねえのかよ、エレイナ! レオンの野郎も行方不明だ。絶対にあいつ、俺たちを殺しにここへ来るぞ!」
「怖がる必要がどこにあるの? ……ええ、教皇様が精神を壊して使い物にならなくなったのは本当に『悲しい』わ。でも、おかげで時間が稼げた」
エレイナはティーカップを置き、天幕の窓から見える巨大な木――**『霊樹』**を見上げた。
森の中心にそびえ立つその大樹は、美しい緑色ではなく、赤黒い不気味な脈動を繰り返している。
「王都の魔力炉が壊された今、この霊樹だけが王国に残された唯一の『命の搾取システム(禁呪)』よ。……私はね、この霊樹が集めた莫大な生命力を、私自身の体の中に全て取り込むことにしたの」
「なんだと……!? そんなことをしたら、お前の体が……」
「耐えきれるわよ。だって私は、誰よりも美しく、神に愛された聖女なのだから」
エレイナは恍惚とした笑みを浮かべ、己の頬に両手を当てた。
「愚かな魔王アレンには、私が『本物の女神』となって裁きを下してあげる。そうすれば、世界中が私を真の救世主として崇め奉るわ。ああ……なんて素晴らしい未来なのかしら」
その時、天幕の入り口から、鎖に繋がれたエルフの長老が兵士に引きずり込まれてきた。
長老は血走った目で、エレイナに向かって泣き叫んだ。
「せ、聖女様……! お願いです、これ以上霊樹を暴走させないでくだされ! 森が枯れ、我らエルフの子供たちも次々と魔力欠乏で倒れております! 慈愛の聖女様……どうか、どうかお慈悲を……!」
地面に額を擦りつけ、必死に命乞いをする長老。
その哀れな姿を見下ろし、エレイナは……**この世のすべての優しさを集めたような、完璧で美しい「慈愛の笑顔」**を浮かべた。
「ええ、分かっていますよ。森が枯れ、あなたたちが苦しんでいること……私、胸が張り裂けそうに悲しいわ」
「おお……! では……!」
「だから、**笑って死になさい。**あなたたちのような薄汚い亜人の命が、この私を救うための『尊い犠牲』になれるのだから。光栄でしょう?」
「……え?」
長老の顔が絶望に固まる。この女は、狂っている。慈愛の仮面を被った、ただの化け物だ。
「ガレス。この汚いゴミを摘み出して。予定通り、残りのエルフの命も全て絞り尽くして儀式を始めるわ」
「へっ……了解だ、聖女様。魔王が来ようがなんだろうが、俺の剛腕とお前の力があれば、あんな小僧、今度こそ完全に挽肉にしてやるぜ!」
ガレスは醜悪な笑みを浮かべ、泣き叫ぶ長老の首根っこを掴んで天幕の外へと放り投げた。
「さあ、早く来なさい、アレン」
エレイナは、赤黒く光る霊樹を見つめながら、毒蛇のように目を細めた。
「あなたをもう一度絶望させて、私の引き立て役にしてあげるわ。それが、才能のない『元・勇者』に与えられた、唯一の存在価値なのだから」




