第9話 国家の正義と、一瞬で更地にする漆黒連撃
ルナリア王国の国境沿いに位置する、切り立った岩肌が続く険しい渓谷。その最奥に、要塞と見紛うばかりの巨大な帝国軍の前線基地が築かれていた。
私と、優秀なカーナビ兼忠犬となったジウスは、ついにその本陣へと乗り込み、マッドサイエンティスト将軍ことマディウス・クレイドルの前に姿を現していた。
豪奢な軍服を着たマディウスは、かつての同僚であるジウスを冷酷な、軽蔑に満ちた目で見下ろす。
「……ジウス。ルナリアの防衛戦で撤退の報を聞いた時は耳を疑ったが、まさか真実だったとはな。大帝国ヴァルハイトの栄光をドブに捨て、我が国に反旗を翻すとは、正気か?」
マディウスが冷たく手を挙げると、最高技術の風の魔道具を携えた精鋭部隊が、音もなく私たちを完全に包囲した。マディウスの眼鏡の奥の瞳が、激しい怒りに燃え上がる。
「皇帝陛下への忠誠を忘れ、ルナリアに魂を売った薄汚い裏切り者め! 我が至高の魔道具の錆にしてくれるわ!」
対するジウスは、一歩も引かずに巨大な光の大剣を構え、泥臭い覚悟の笑みを浮かべた。
「……マディウス。私はこれ以上、無駄な侵略の血を流させん。帝国を、陛下の暴走を止めるためなら、私はいくらでも裏切り者になってみせよう!」
お互いの国家の威信と、譲れない正義。命懸けの信念が激突しようとした、まさにその重厚なシリアス空気のド真ん中に、一人の小さな影がスタスタと割り込んできた。
「あ、お兄さんたち喋りが長いから、私先に行くね! ラノベのイベント回収ーーー!」
「なっ……なんだこのガキは!? 何故子供が戦場に立っている……!?」
コンビニに夜食でも買いに行くような軽い足取りの私を見て、マディウスが驚愕に目を見開く。
その瞬間、私は両拳と両脚に、黒属性の魔力をこれでもかとチャージし、軽快にステップを踏み始めた。
(よーし、毎日道場でやってた基本のコンビネーション、異世界大解放といきますか!)
「それっ! ワン・ツー・スリー!」
十二歳の清楚な美少女の可愛い声と共に、シュシュシュッと鋭い『順突き』『逆突き』、そして強烈な『回し蹴り』の三連撃が空を突いた。
ドゴォォォォォォォォン!!!!!
凄まじい衝撃波と共に、目の前の空間がバリバリと音を立ててひび割れた。
次の瞬間、一国を易々と滅ぼすはずだった風の精鋭部隊も、鉄壁を誇った巨大な前線基地も、果ては渓谷を形成していた巨大な山脈そのものすら、私の「ワン・ツー・スリー」の風圧だけで、一瞬にして塵一つ残らない綺麗な『更地』へと消し飛んだ。
ゴーゴーと吹き荒れる風の真ん中で、私は自分の拳を見つめ、満面の笑みではしゃぎ出す。
「おっ! 今の三連撃、めちゃくちゃ必殺技っぽくてカッコよくない!? 属性も黒だし……よし、『漆黒連撃』って名付けよう! うわー、ラノベの主人公っぽーい!」
中身還暦のオタク心が大爆発している。
だが、その横で、私の放った衝撃波の余波(※ほんの数ミリ)を浴びて奇跡的に生き残っていたマディウスは、自慢の軍隊も基地も一瞬で消滅させられた絶望のあまり、目を血走らせてガタガタと震え出していた。
(な……なんだ今の理不尽な力は……!? ジウスの奴、我が帝国に反旗を翻すために、ルナリアの奥地に眠る古代の禁忌の魔獣でも呼び覚ましていたというのか……!? 謀られた、謀られたぞォォォ!)
完全に私を「ジウスが使役する秘密兵器の魔獣」だと勘違いしたマディウスは、涙目で叫んだ。
「おのれジウスゥゥゥ! この借りは必ず返すからな!!」
マディウスは命からがら、懐から取り出した超高級な転移の魔道具を発動させ、光の中に消えて帝都へと逃げ帰っていった。
「ふぅ、あいつ足が速いねぇ。……って、おいジウス、何やってんだい?」
振り返ると、ジウスが私の真横で「主の『漆黒連撃』……やはり神の領域……!」とうっとりした顔で呟きながら、大真面目に手帳にメモを取っていた。
(いや、技名メモるのやめてくれる!? あと、あいつも完全にジウスの仕業だと思い込んで逃げてったよ! どんだけ風評被害受けるんだよこのイケメン!)
こうして、帝国の前線基地は文字通り綺麗さっぱり更地になり、ジウスの「裏切りのバケモノ騎士」としての悪名(?)は、帝都へと轟いていくのだった。
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