第8話 悲壮の覚悟と、お約束まみれの人質イベント
マディウス将軍が潜む前線基地。そこへ至る不気味な渓谷の手前に、切り立った岩壁と強固な防壁で守られた帝国軍の関所が立ちはだかっていた。
並み居る兵士たちがギラついた槍を構えるのを見て、私の専属カーナビこと聖騎士ジウスが、キィンと静かに片手剣を抜いた。
「リザ殿、ここは私に……! 帝国を裏切った私の覚悟を、かつての同胞たちに見せねばならん! 私はもう、引き返さぬ!」
前髪を風に揺らしながら、これでもかと悲壮な決意を固めるイケメン。実に絵になる。
「はーい、お兄さん頑張ってね〜。ファイトファイトー」
一方の私は、リュックの紐を掴みながら完全にピクニック気分の生ぬるい温度差だった。がんばれジウス。私は応援席から見守っているよ。
「そこをどけぇぇぇ!」と叫んでジウスが関所の兵たちとガチの乱戦を始めた、まさにその時だった。
ガシッ!!!
「ありゃ?」
背後から伸びてきたゴツい腕が、私の小さな身体をがっちりと羽交締めにした。完全に油断していた。
「おいジウス、動きを止めろ!」
私を捕らえた帝国兵が、勝ち誇った顔で喉元に剣を突きつけ、乱戦のド真ん中に向かって怒鳴り散らした。
「このガキを殺されたくなかったら、大人しく武器を捨てて降伏しろ! 仲間の命が惜しいだろう!」
「なっ……リザ殿!?」
声に気づいたジウスが、血相を変えて振り返る。
「し、しまった! 私としたことが、主にばかり気を取られて背後の警戒を怠るとは……! 私の不徳の致すところォォォ!」
お約束の人質イベントに、ジウスは世界の終わりかというほどの絶望顔で叫んでいる。
しかし、当の人質にされている私はといえば。
「おや。後ろを取られちゃうとは、私もまだまだ焼きが回ったねぇ……。……でもね、お兄さん」
捕まったまま首をクネクネと回し、ニヤリと不敵に笑う。
私は右腕の肘を軽く引き、全身の黒属性魔力をその拳の裏側――『背拳』の部位へと一瞬で集中させた。
「こういうベタな三流の脅し文句、私、前世のラノベで100万回は読んで飽き飽きしてるんだわ」
手首のスナップをパチーン!と軽く利かせ、後ろの帝国兵の顔面に向けて裏拳を見舞う。
ドカァァァァァァァン!!!
轟音と共に、凄まじい衝撃波が炸裂した。
私を掴んでいた帝国兵は、背後にあった関所の頑丈な石造りの防壁をド派手に突き破り、そのまま夜空にきらめくお星様よろしく、遥か彼方の地平線の向こうへとフリスビーみたいに吹っ飛んでいった。もちろん、人質は一瞬で解放された。
「ふぅ……ウロコ(トカゲ)じゃなくて、ただのむさ苦しい大男のウエアは埃っぽくて嫌だねぇ」
服についた埃をポンポンとサバサバ払いながら、私は驚愕のあまり完全に動きの止まっているジウスにパチンと指を鳴らした。
「おい、ジウス! 何をボサッとしてんだい、さっさと残りのアイツらを片付けな!」
「ッ――御意ィィィ!! 我が主の御前、これ以上見苦しい姿は見せられん!!」
主(還暦)からの鋭いゲキを受け、ジウスの魂が激しく震えた。
「おおおおお!」と雄叫びを上げながら魔力をフル開放したジウスは、再び片手剣を巨大な光の大剣へと変貌させる。そこからはもう、ただのワンサイドゲームだった。ジウスは泥臭く、かつ圧倒的な実力で関所の帝国兵たちを次々と無力化し、関所を完全にソロで突破してしまったのである。
数時間後。
命からがら生き残ってマディウス将軍の本陣へと逃げ延びた一般兵が、青い顔で床に伏せていた。
「ほ、報告します……! じ、ジウスが……あの聖騎士ジウスが帝国を裏切りました!」
「何だと……?」
マディウス将軍が眉をひそめる。報告はさらに続いた。
「ジウスは光の大剣を躊躇なく引き抜き、我が方の関所を――たったの単騎で、跡形もなく壊滅させました……! 奴は、奴は完全にバケモノに変貌しております!」
「おのれ、ジウス……!」
こうして、リザの裏拳の存在は完全に闇に葬られ、「ジウスが一人で関所を消し飛ばした」という、ジウスにとってちょっと格好いい誤解が帝国軍の間に広がっていくのだった。
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