第77話 双子の黒き翼と、理不尽な恋愛観
「ひ、ひぃぃぃっ……!! ル、ルストとあの化け物が本当に来やがったぞ! ルヴェン様ぁーーーっ!!」
有翼人の隠れ里へと続く山道。
その入り口に差し掛かった瞬間、前方の物陰から飛び出してきた赤髪のエリフが、リザの顔を見るなり絶叫した。彼は腰を抜かさんばかりに怯え、翼を羽ばたかせることすら忘れて、ドタバタと無様に里の奥へと逃げ去っていく。
人の顔を見るなり『化け物』呼ばわりをして一目散に逃げ出した有翼人を見送りながら、リザは呆れたように小さく首を傾げた。
「おや。あんたの里じゃ、あれが『ようこそいらっしゃいませ』っていう歓迎の方言かい? 随分と刺激的な挨拶だねぇ」
「…………」
リザがいつものように軽口を叩いたが、ルストからの返答はなかった。
里が近づくにつれ、ルストの口数は目に見えて減っていった。その表情は硬く、拳は白くなるほど強く槍を握りしめている。リザのジョークに反応する余裕すら、今の彼にはないようだった。かつて自分を不浄として追い出した故郷への恐怖と、そこに残してきたはずの『天使』への想いが、彼の心を激しく締め付けているのだろう。
エリフが逃げ去った道の奥から、静かな、しかし確かな威圧感を放つ足音が響いてきた。現れたのは、一人の有翼人の男。
驚くべきことに、その顔立ちはルストと瓜二つだった。しかし、決定的に異なる部分が二つ。彼の髪、そして背中に生えた大きな翼は、有翼人には珍しい『漆黒』に染まっていた。
ルストを追放した張本人――ルストの双子の兄、ルヴェンだった。
「ルヴェン……!」
ルストの喉から、押し殺したような声が漏れる。
ルヴェンはハァ~……と、これ見よがしに深い、深いお荷物でも見るかのようなため息を吐いた。
「ルスト。仮にも血を分けた双子の弟だからな、俺だって自分の手は汚したくなかったんだけどな。……どうしてわざわざ、殺されに里へ戻ってきた?」
「ルヴェン! 俺が一体、何をしたっていうんだ!? 俺が地属性に生まれてしまったのが、そんなに気に入らないのか!? だから俺を里から追い出したのか!?」
ルストの悲痛な叫びが山道にこだまする。
その真横で、リザの脳内『ラノベオタクセンサー』が再びビンビンに跳ね上がっていた。
(キ、キタキタキターーー!! 双子の兄弟による、宿命と血統のシリアスな会話シーン!! しかも兄貴の方は黒髪黒翼の闇堕ち風ライバル属性! ラノベの神様、今日もごちそうさまです!!)
リザが心の中で大興奮している中、ルヴェンは哀れむようにフッと鼻で笑った。
「地属性? ははっ、お前が泥臭い属性だろうが、そんなことはどうだっていいんだよ。ルスト、お前が悪いんだぞ? お前という泥泥しい存在がこの里にのうのうと居座っているから、アンジェがいつまで経っても俺に振り向かないんだ」
「アンジェが振り向かない……!? ルヴェン、お前、何を言っているんだ!?」
ルストが目を丸くする。ルヴェンは自身の漆黒の翼を大きく広げ、自慢げにそれを見せつけた。
「アンジェは光属性。そしてこの俺の髪と翼の色を見ろ! 有翼人の中でも一際特別な、闇を内包する黒だ! 光と闇、誰がどう見たって、アンジェと結ばれるべき特別な存在はこの俺なんだよ。なのにルスト……お前が妙にアンジェの近くにいるせいで、あいつは俺を見ようとしない!」
「ま、まさか……。俺を不浄だと言って里から追放した本当の理由って……それ、なのか……?」
ルストの声が、怒りと絶望で震える。
「そうだ。お前さえいなければ、俺とアンジェはとっくに結ばれていた。おかしいだろ? 特別な俺が選ばれないなんて。だから、お前がアンジェにその泥臭い想いを告げようとしているのを察知して、その前に追放してやったのさ」
ルヴェンは冷酷に言い放つと、愛用の槍を構えた。その刃に、禍々しい風の魔力が収束していく。
「お前が悪いんだ、ルスト。お前に生きていてもらっちゃ困るんだよ!」
「ルヴェン……! お前、そんな独りよがりな理由で、俺の人生を、俺とアンジェの絆をめちゃくちゃにしたっていうのかよぉぉぉ!!」
ルストの怒りが爆発した。彼もまた槍を構え、大地の魔力を全力で引き出す。
「お前が悪いんだルスト! 死ねぇ!」
ルヴェンが翼を強く羽ばたかせ、空高くへとジャンプした。そのまま重力を味方につけ、滑空しながら猛烈なスピードでルストへと突っ込んでいく。風を切り裂く一撃が、ルストの脳天を目がけて振り下ろされた。
「おおおおおっ!」
ルストは歯を食いしばり、ギリギリのところで横へとローリングして回避する。
ドォーーーンッ!!とルヴェンの槍が叩きつけられた地面には、激しい衝撃で大きなクレーターが穿たれていた。
「チッ、チョロチョロと……!」
ルヴェンは即座に槍を持ち直すと、凄まじい連撃でルストを斬りつける。ルストは必死に槍を交差させ、ギギギギッ!と火花を散らしながらそれをガードした。しかし、身体能力と魔力量ではルヴェンの方が一枚上手だ。ガードの上からでも、ルストの体勢が大きく崩れていく。
「アンジェは、俺の、大切な天使だ!! こんな理不尽な男に、ここで負けるわけにはいかない!! ルヴェン! 俺はお前を倒す!!」
ルストは決死の覚悟で槍を突き出すが、ルヴェンは容易くそれを横へと躱した。
「甘ぇよ! 地属性のてめぇが、この特別な俺に勝てるわけねぇだろうがぁぁ!!」
ルヴェンが槍に膨大な魔力を集中させ、体勢の崩れたルストへ向けて、上から下へと容赦のない必殺の縦斬りを放った。
万事休す。
ルストが死を覚悟した、その瞬間――。
「ふんっ」
「ぶふぉっ!? ま、またですかぁぁーっ!?」
リザの容赦のない左手の掌底がルストの脇腹に炸裂し、ルストはもの凄い勢いで横へと吹き飛んでいった。本日二度目の強制退避である。
ギィィィィィンッ!!!!!
山道に、鼓膜を突き刺すような金属音が響き渡った
ルヴェンが全力で振り下ろしたはずの魔力の槍は、ルストの代わりに前に出たリザの『右手』によって、完全に受け止められていた。リザは小さな片手だけで、ルヴェンの全力の一撃をピタリと静止させている。
「な、何だと……!? エリフの言っていたガキか!? 邪魔をするな!」
ルヴェンが驚愕に顔を引きつらせ、槍を押し込もうとするが、リザの小さな手はビクともしない。リザは退屈そうに、ふぁぁ、と小さくあくびを噛み殺した。
「はいはい、そこまで。これ以上は、見てるこっちの頭が痛くなってくるからねぇ。――選手交代だよ。あんたのその、ヘドロみたいに歪んだ身勝手な恋愛観……私が根性から叩き直してやるから、全力でかかっておいで」
リザの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように妖しく輝いた。
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(次回更新:明日19時40分!)




