第76話 黒い天災の掌底と、夜空を焦がす魔動拳
「くっ……!」
頭上から降り注ぐ太陽を遮るほどの無数の矢の雨。
絶体絶命の窮地に陥ったルストは、悲壮な覚悟を瞳に宿し、槍を交差させて防御の構えを取った。地属性の彼には、風の部隊のように空を飛んで躱す術はない。直撃すれば、ただでは済まない。
しかし、その硬直したルストの背中に、冷ややかな、しかし妙に気の抜けた幼女の声が響いた。
「危ないよ!」
「え――ぶふぉっ!?」
次の瞬間、ルストの脇腹に強烈な衝撃が走った。
リザが放った、容赦のない、そして一切の手加減が感じられない『掌底』が炸裂したのだ。ルストの身体は一瞬で「く」の字に折れ曲がり、もの凄い勢いで横へと吹き飛んでいく。
トスッ! トトトトトスッ!!
ルストがさっきまでいた地面に、容赦なく無数の矢が突き刺さる。リザの突飛な一撃がなければ、間違いなく彼はハリネズミになっていた。
だが、リザの動きはそれだけでは終わらない。
「危ないよ!」と言いながらルストを全力でぶっ飛ばしたその反動を、リザはそのまま利用した。軸足をコマのように滑らかに回転させ、身体を極限まで捻り上げる。
「ふんっ!!」
ドス黒く濃密な魔力を両足に込め、空に向かって強烈な『旋風脚』を放つ。
リザの足先から放たれた漆黒の衝撃波が、猛烈な竜巻となって上空へとせり上がっていった。
ゴォォォォォーーーーンッ!!!
「なっ……!?」
頭上で弓を構えていたドニーの目が驚愕に見開かれる。
風の部隊が放ったはずの無数の矢の雨は、リザが放った一蹴りの風圧だけで、触れた瞬間に粉々に粉砕され、塵となって一瞬で消滅してしまったのだ。
「何だ、あの子供は……!? ただの人間ではないのか!?」
ドニーの額に、初めて冷たい汗が伝う。
だが、流石は風の部隊の隊長。即座に冷静さを取り戻すと、さらに膨大な魔力を自身の弓へと収束させ、再び弦を引き絞った。
「総員! 矢に魔力を込めろ! あのガキごと、ルストを消し飛ばすぞ!」
「「「はっ!!」」」
ドニーの鋭い号令が響き渡る。上空に展開する数十人の有翼人たちが、一斉に自身の風の魔力を解放した。彼らの放つ眩いばかりの緑色の光が、薄暗い路地裏の空を鮮やかに照らし出していく。
「放てぇぇぇーーーっ!!」
ドニーの声と共に、魔力を限界まで込められた光の矢が一斉に放たれた。それはまるで、地上へ向けて降り注ぐ逆向きの流星群のようだった。
「おお、花火みたいでキレイだねぇ!」
頭上を埋め尽くす圧倒的な質量の魔法矢を見上げ、リザはのんきに感嘆の声を漏らした。
しかし、その瞳の奥には、踏み潰されたウイングナッツへの深い怨みがまだ冷めずに燃えている。
リザはゆっくりと腰を落とし、右拳を腰に引いて構えた。手足に収束していく黒い魔力が、空間そのものをパキパキと歪ませていく。
「――『魔動拳』」
静かな呟きと共に、リザは空にいる風の部隊へ向けて、まっすぐに正拳突きを放った。
ドンッ!!!!!
リザの拳から放たれたのは、夜そのものを切り取ったかのような、巨大で圧倒的な黒い魔力の塊。それはドニーたちが放った緑色の魔法矢を、正面から完全に「消滅」させながら、凄まじい速度で上空へと突き進んでいく。
「ば、ばかなっ……! 我らの全力の斉射が、たった一撃で、相殺どころか――」
ドニーが言葉を言い切る前に、黒い巨塊が風の部隊のど真ん中で大爆発を起こした。
ズガガガガガガガオーーーーーンッ!!!!!
「ぎゃあああああーーーっ!?」
「ひ、ひえぇぇぇーーーっ!?」
空中で爆風に巻き込まれたドニーを含む数人の有翼人たちが、木の葉のようにキリモミ回転しながら、遥か彼方の山脈へと吹き飛んでいく。
「な、何だあいつ!? 化け物かよ!?」
少し離れた場所で戦況を観戦していた赤髪のエリフは、その光景に目玉が飛び出そうなほど驚愕し、ガタガタと全身を震わせた。
前回の路地裏でのレトゥに続き、今度は風の部隊の精鋭たちが一撃で消し飛ばされたのだ。
「戦って勝てるわけねぇだろこんなの!!」
エリフは恐怖で顔を真っ青にしながら、有翼人ならではのジャンプ力で空高く跳ね上がると、そのまま必死に翼を広げて滑空飛行で一目散に逃げ出した。
「た、退却だ! 退却しろ! 」
運良く直撃を免れた残りの風の部隊の隊員たちも、完全に戦意を喪失していた。彼らは蜘蛛の子を散らすようにして、一目散に空の彼方へと逃げ去っていった。
「ふぅ……」
路地裏に再び静寂が戻る。リザはすっと立ち上がると、自分の服についた埃をパンパンと軽快に払った。
「うぅ……、あいたたた……」
そこへ、先ほどリザの掌底で遥か彼方までぶっ飛ばされていたルストが、脇腹を必死に押さえながら、涙目でフラフラと起き上がってきた。
「あ、ごめんごめん。咄嗟のことだったからさ、上手く手加減できなかったよ。大丈夫かい?」
リザは一応、申し訳なさそうな顔で尋ねる。
するとルストは、恨めしげな視線をリザに向けながら、消え入るような声で答えた。
「大丈夫じゃないです……。すっげぇ痛かったし、今もまだ、めちゃくちゃ痛いです……」
「これこれ、ごめんって言ってるじゃない。大の男が、それくらいの一撃でいつまでもウジウジ言うんじゃないよ」
リザが呆れたように腰に手を当てると、ルストは涙を浮かべながら、魂の底からの本音をボソリと漏らした。
「……多分ですけど、あのままドニーさんたちの矢の雨を受けていた方が、僕のダメージは少なかったと思います」
「あん?」
リザの細い眉がピクリと跳ね上がった。リザは再び、スッとゆっくり腰を低く落とし、右の掌をルストに向ける。
「命の恩人に向かって随分な口の利き方だねぇ。……なぁに、不満があるなら、あんたの里の蔵の目の前まで、この掌底で一瞬で吹っ飛ばしてやろうか?」
「ひっ!? い、いや、何でもないです! 滅相もないです!!」
リザの構えから放たれる、先ほどの魔動拳にも劣らないプレッシャーを間近で感じ取り、ルストは全身の毛を逆立てて激しく首を横に振った。
「早く里へ向かいましょう! 里は、この山を越えたすぐそこですから!!」
「ふふっ、最初からそう言えばいいんだよ」
リザはケラケラと愉快そうに笑うと、大慌てで前を歩き出したルストの後を、楽しげについて行った。
待っていろ、山ほどのウイングナッツ。
リザの足取りは、美味しいおやつを前に、いつになく軽やかだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




