第75話 ウイングナッツの蔵と、シスコンの風
「ルスト……。あんたの里に行けば、まだあのウイングナッツがあるってことかい!?」
ルストを先頭に、有翼人の隠れ里へと向かう道中。
数分前まで「大切な栗を踏み潰された怨み」でこの世の終わりみたいに不機嫌だったリザが、突如として目をギラギラ輝かせてルストに詰め寄った。
「は、はい。ウイングナッツは僕たちの里では、厳しい冬を乗り切るための大事な保存食なんです。今はもう今年の収穫期が終わっているので、木にはなっていませんが……」
「木には、なっていない……?」
リザの眉間が一瞬で不穏に険しくなる。蔵ごと爆破する気満々のプレッシャーを感じ取り、ルストは冷や汗を流しながら大慌てで言葉を続けた。
「で、ですが安心してください! 里の蔵には、冬を越してもまだ余るくらいのウイングナッツが大量に保管されていますから!」
「……っ!!」
それは、リザの気分が最底辺から一気に最高潮へと跳ね上がった瞬間だった。リザはパァッと顔を輝かせると、ほっと胸を撫で下ろす。
「危ない危ない。よく確かめもせずに、あんたの故郷をまるごと更地にするところだったよ。蔵ごと爆破してたら一生後悔するところだったねぇ」
「……えっ?」
あまりにも不穏すぎる本音をサラリと言い放った幼女に、ルストは背筋にゾッと冷たいものを感じて引きつった笑みを浮かべた。この小さな『黒い天災』なら、本当に里を消滅させかねないという恐怖が本能を刺激する。
「あ、あの……里がどうなっても僕は構いませんが、アンジェにだけは絶対に手を出さないでくださいね……?」
ルストが引き気味に懇願した、その時だった。
ヒュンッ!
「うぉっ!?」
空から一本の鋭い矢が降ってきて、ルストの一歩手前の地面に突き刺さった。あからさまな威嚇の矢だ。
「ドニーさん! 何で今の先制攻撃で殺しちゃわないんですか!?」
路地裏でリザに相棒をぶっ飛ばされて逃げ帰ってきた赤髪のエリフの声が、頭上から響く。
リザたちが驚いて空を見上げると、そこには大きな緑色の翼を優雅に羽ばたかせ、宙に静止している一人の男がいた。緑髪の男――ドニーは、手に持った大きな弓に素早く次の矢を番えている。
ドニーは宙に浮いたまま、地上のルストへ向けて冷徹な、しかしどこか哀れむような視線を向けた。
「ルスト。俺はお前に個人的な恨みがあるわけじゃない。有翼人でありながら地属性に生まれてしまったお前の生い立ちには、同情すら覚えるさ」
その言葉を聞いた瞬間、リザの頭の中で『ラノベオタクセンサー』がビンビンに反応した。
(お、おいおいおい……! この上空から見下ろすスタイル、そしてどこか冷徹だけど理知的な雰囲気。これはもしや……!)
「だが、俺の妹であるアンジェの番に、お前のような不浄の男は相応しくない。今すぐ立ち去れ。――次は当てる」
ドニーのその言葉に、リザは心の中で「キタキタキターーー!!」と激しくサイリウムを振り回した。
(間違いない! 幼馴染のヒロインを溺愛する、生真面目なシスコンお兄さんとのイベントだ!! ラノベで一億回は見たやつ!!)
リザが一人で脳内オタ芸を披露している中、地上で弓を突きつけられているルストは、悲痛な声を張り上げた。
「ドニーさん……! 確かに僕は地属性で、アンジェには到底相応しくない男かもしれない! だけど、僕はただ、この想いを最後に告げることすら許されないのか!?」
「……次は当てると言ったはずだ」
ドニーの瞳から慈悲が消える。
ルストの必死の叫びに対し、ドニーは無情にも弓の弦を引き絞り、容赦なく矢を放った。シュウウゥッ!と空気を切り裂いて迫る必殺の矢を、ルストは首をひねって紙一重で躱す。
「本来なら、お前が追放を破ってこの領域に戻った時点で、即座に殺さなければならなかったんだ。俺の慈悲がわからないのか、ルスト!?」
ドニーがパッと片手を上げる。
その合図に応じるように、バサバサバサッ!と、周囲の木々の影や上空から、緑色の翼を持った有翼人たちが何十人も姿を現した。ドニーが率いる、風の部隊の精鋭たちだ。
「いいぞー! やっちまえドニーさん!」
後ろでエリフがはしゃいだ声を上げるが、ドニーは鋭い一瞥をくれた。
「うるさいぞエリフ! 次にその軽口を叩いたら、ルストの前に貴様の翼を撃ち抜くぞ!」
「ひっ……!」
エリフが慌てて口を塞ぐ。ドニーは再びルストに視線を戻すと、大きくため息を吐いた。
「ルスト、悪いことは言わない。妹のことは忘れろ。妹には、里の神であるルヴェンのような男が相応しいんだ」
「確かにそうかもしれない……! だが、小さい頃からずっと、僕にとってアンジェは暗闇を照らす天使だったんだ!」
ルストは背負っていた槍を引き抜き、大地を踏みしめて構えた。
「アンジェに想いを告げ、面と向かって断られるのであれば、僕はきっぱり諦められる! だが、アンジェ以外の障害に邪魔されるだけならば、僕は到底納得なんてできない!!」
ルストの熱い魂の叫びを聞き、ドニーは目を細め、もう一度深くため息を吐いた。
「……ルスト、すまない。お前の覚悟がこれほどとは思わなかった」
ドニーは三度、弓を引き絞る。その構えには、先ほどまでの躊躇いは一切なかった。
「もうお前を『妹の可哀想な幼馴染』とは思わない。お前は……『妹の幸せを脅かす障害』だ。ここで死ね!」
ドニーが放った放物線の矢を合図に、上空に展開していた数十人の有翼人たちも、一斉に弦を離した。
バラバラバラバラッ!!と、太陽の光を遮るほどの無数の矢の雨が、容赦なく地上のルストへ向けて降り注ぐ。
絶体絶命のルスト。
だが、その真横で、脳内のサイリウムをそっと仕舞った小さな天災が、泥まみれになったウイングナッツの怨みを思い出しながら、静かに拳を握りしめていた。
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(次回更新:明日19時40分!)




