第72話 王女の説教と、更地から始まる新しい風
ハドラムファミリーと悪徳商人ルシルという、ウェカム領を蝕んでいた二大巨悪が物理的に更地となってから数日後。
リザは念願だった『トルコマールダケ』が自生する広大な森のキャンプ地にいた。
パチパチと爆ぜる焚き火の上で、肉厚なトルコマールダケが香ばしい香りを漂わせながら焼き上がっていく。リザは至福の表情を浮かべながら、それを口に運んでハフハフと堪能していた。
「んん〜っ、最高! やっぱり老後ライフにはこれだねぇ!」
まさに理想の隠居生活。そう確信した次の瞬間、森の静寂を破るように、複数の足音と共に一台の超豪華な馬車がキャンプ地に突っ込んできた。
馬車の扉が勢いよく開く。そこから現れたのは、美しいドレスの裾を苛立たしげに翻す、見慣れた美少女だった。
「まぁ!探しましたわよリザさん!一体全体、あなたは何を考えていらっしゃるの!?」
「げぇっ……キャプティ王女!?」
王宮からわざわざ出向いてきた第一王女の仁王立ちに、リザは焼きキノコを喉に詰まらせそうになった。
その後ろからは、申し訳なさそうに手を合わせるルードの姿もある。
「リザ・ウェカム名誉大公様。今回の件、全てルード領主代行から報告を受けましたわ!」
「リザ様、すみません。さすがに今回の規模の破壊行為は、王宮へ報告せざるを得ませんでした……」
「ああ、いいよルード。気にしないで」
リザは焼きキノコを皿に置くと、すっと立ち上がり、両手足にドス黒く濃密な魔力を限界まで込めた。
「キャプティ王女様直々のお出ましってことは、何かい? ついにこの私を、不法侵入と器物破損の罪で逮捕しにきたってわけかい?」
いつでも戦える構えを取るリザ。しかし、対するキャプティは「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げて顔をしかめた。
「逮捕? いえ、そこまではしませんけれど……?」
「へ?」
リザは拍子抜けして、手足に込めた魔力をすっと霧散させた。
「逮捕はしませんけれど、反省文は書いていただきますわ! 国家最高位である名誉大公の特権印章を、よりにもよって床に投げ捨てるとは……! あなた、あの印章を一体何だと思っていらっしゃるのですか!?」
「あ、怒られてるの、そっち!?」
ルシルを吹っ飛ばして建物を粉砕したことではなく、印章の扱いについてブチギレられていた。思わぬ着眼点にリザが呆然としていると、ルードがくすくすと笑いながら、預かっていた黄金の特権印章をリザに手渡した。
「リザ様、ルシルの件に関しましては、奴の悪行があまりにも目に余るということで、キャプティ王女が筆頭となって王宮を動かし、急遽法律を変更してくださいました。ですから、我々の武力行使は『国家の危機を救った正当な防衛行為』として処理されましたので、お咎め無しです」
「あ、そうなの?」
リザが目を丸くすると、ルードは柔らかく微笑む。
「はい。ですからこれはお受け取りください、リザ・ウェカム名誉大公様。もう二度と、床に投げ捨てないでくださいね」
「あ、はい……」
すっかり気圧されたリザは、素直に印章を受け取って懐に仕舞った。
ルシルという知能犯の盾だった「法律の穴」を、キャプティがさらに上から力技で塞いでくれたのだ。なんだかんだでリザに激甘な王女のサポートに感謝しつつ、リザはふと、気になっていた後日談をルードに尋ねた。
「そういえばさ、ルシルが消えたのはいいけど、この街の衛兵って今はどうなってるの?」
その質問に、ルードは少し困ったように眉を下げた。
「あのブライ衛兵長をはじめ、衛兵たちは全員がルシルの汚職に加担していた犯罪者でした。そのため、全員が解雇の後に連行され……現在、この街には衛兵が一人もいない、完全に治安の空白地帯となってしまっています」
「あ、じゃあさ」
リザは手に入ったばかりの特権印章を眺め、悪戯っぽく微笑んだ。
「レンスたちを釈放して、あいつら全員をこの街の新しい衛兵にしちゃおうよ」
「……はぁ!?」
ルードは今日一番の驚愕の声を上げてひっくり返りそうになった。キャプティも目を丸くしている。
「ほら、あいつらだって、前の領主のせいで食い詰めて、ルシルに騙されてならず者になるしかなかった被害者みたいなもんだったろ? 根は悪い奴らじゃないって、ルードも言ってただろ」
「それは、そうですが……しかし犯罪者を衛兵にするなんて、そんな前例はありません!」
「だったら、私がその第一号を作ってあげるよ。ほら、これは大公としての領主命令だよ。さっさとあいつらを釈放して、新しい制服を着せてきな!」
リザが印章を突きつけて不敵に笑うと、ルードはしばらく唖然としていたが、やがて観念したように深い溜息をついた。
「う……分かりましたよ。どうなっても知りませんからね!」
ルードはそう文句を言いつつも、レンスたちを釈放するために兵舎へと勢いよく走り出した。レンスの「本当は衛兵になりたかった」という魂の叫びを誰よりも重く受け止めていたのは、他ならぬルード自身だったのだ。去っていくその後ろ姿は、心なしか足取りがとても軽そうに見えた。
「ふふっ、これで一件落着だねぇ」
リザは満足そうに笑い、冷めかけたトルコマールダケを再び食べようとした。
その時、キャプティ王女が「ふんっ」と鼻を鳴らし、焼きキノコの方へとジリジリと詰め寄ってきた。その鼻はぴくぴくと小刻みに動いている。
「……それにしても、その素晴らしい香りは何事ですの!?」
「え? ああ、これ? トルコマールダケだよ。美味いよ?」
「くっ……! 良いお話みたいにまとめているところを申し訳ありませんが、リザさん、こちらを明日までに提出してくださいね!」
キャプティ王女は、満面の、これ以上ないほどの完璧な営業スマイルを浮かべながら、原稿用紙の分厚い紙の束をドサッとリザの目の前に置いた。
「原稿用紙にして50枚。さぁ、早く反省文を書き始めてください! ……ちなみに、そのキノコは冷めるともったいないですから、私が処分しておいてあげますわ!」
そう言うや否や、キャプティはリザの皿から焼き立てのトルコマールダケを素早く奪い取り、上品に口へと運んだ。次の瞬間、王女の瞳がキラキラと輝き、頬が幸せそうに緩む。
「まぁ! これ、もの凄く美味しいですわ! あなたたち、おかわりを焼きなさい!」
「はっ! ただいま火加減を調整いたします!」
馬車の横に直立不動で控えていた数人の近衛兵たちが、大慌てでリザのキャンプ地へとなだれ込み、職人さながらの真剣な顔でキノコを焼き始めた。一国の王女の警護兵が野生のキノコを焼かされているというシュールな光景に、リザは開いた口が塞がらない。
「げぇ……ッ!? 私のキノコ三昧が……っ!」
広大な森に、リザの絶望の悲鳴が虚しく響き渡る。
しかし、その賑やかな悲鳴とは裏腹に、二大暗雲が去ったウェカムの街には、崩壊の瓦礫の先から、かつてないほどに明るく爽やかな、新しい風が確かに吹き始めていたのだった。
(第七章・完)
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(次回更新:明日19時40分!)




