第70話 無法の天災と、軍艦を潰した拳
リザとルードが足を止めたのは、スラムの陰鬱な空気とは一線を画す、絢爛豪華な白亜の建築物の前だった。
そこがこの街の富を吸い上げ続ける巨悪の巣窟、グリーガル第一商業組合の総本部である。
しかし、その巨大な正面大門の前には、異様な光景が広がっていた。
二列に並び、武器を構えて二人を待ち受けていたのだ。その中心で、贅沢な装飾の施された鎧を着た男が、ニヤニヤと下劣な薄笑いを浮かべて進み出てくる。
「ルード領主代行。ふん、来ると思っていましたよ」
男の名はブライ・ドコラプト。前領主の時代からルシルの金で完全に買収されている、この街の汚職衛兵長だった。
ルードは怒りに眉間を深く寄せ、鋭い視線をブライへと向けた。
「ブライ、貴様ら……! 衛兵としての職務を放り出して、こんなところで何をしている!」
「おや、心外ですね。我々は立派に仕事をしていますよ。今もこうやって、法に背く不届き者から、高貴なるルシル様をお守りしている。これが我々に与えられた正当な任務です」
「なにぃ……!?」
ルードの手が、怒りで小さく震えながらレイピアの柄へと伸びる。ブライはその様子を鼻で笑うと、懐から公式な商取引の書類をひらひらと見せびらかした。
「この敷地はグリーガル第一商業組合の私有地であり、法によって守られています。明確な捜索令状もなしに、領主代行ごときがここにいること自体が違法なんですよ。お引き取りください。さもなければ……」
ブライが手を挙げると、左右に並んでいた数十人の衛兵たちが一斉に包囲網を縮め、リザとルードを容赦なく囲い込んだ。
「ところでルード。お前の隣にいる、その少女は誰だ?」
「リザ・ウェカム名誉大公、このウェカム領の新たな領主様だ」
ルードが毅然と告げると、ブライは一瞬だけ目を見張ったが、すぐにクククと肩を揺らして嘲笑を浮かべた。
「あぁ、噂の新しい領主様ですか。……ですが残念。名誉大公様であっても、令状なしに他人の私有地に踏み込むのは立派な違法行為です。国家の法に従い、お引き取りください」
法律という絶対的な盾を掲げ、勝ち誇った顔で言い放つブライ。
だが、その盾は、目の前にいる『天災』には1ミリも通用しなかった。
「私は名誉大公なんかじゃないよ」
リザがぽつりと、静かに呟いた。
「え?」
ブライが怪訝そうに眉をひそめる。リザはフッと獰猛な笑みを浮かべると、漆黒の瞳を爛々と輝かせた。
「ただのリザ・ウェカムだ!」
リザの小さな手足に、どす黒く濃密な魔力が一瞬で収束していく。
リザは無造作に一歩を踏み出すと、法律だの何だのとほざいていた目の前の衛兵の腹部へ、電閃のごとき正拳突きを叩き込んだ。
ズドォッ!!!
「ぶふぉっ!?」
甲冑ごと腹をへこませた衛兵は、受け流す間もなく弾丸となって後方の衛兵たちを巻き込みながら、白亜の壁へと叩きつけられて白目を剥いた。
その凄まじい一撃に呼応するように、ルードも一切の迷いを捨ててすらりとレイピアを抜き放った。
「私も、今は領主代行ではない。ただのルード・ニボールだ!」
ルードの瞳から、いつも彼を縛っていた『生真面目なブレーキ』が完全に消失していた。
「悪党どもめ、覚悟しろ!」
ルードのレイピアが、これまでにない怒りと鋭さを伴って銀光を放つ。買収された腐った衛兵たちの手首や膝裏を、神速の突きと斬撃が正確に、そして容赦なく破壊していく。
「ぎゃあああっ!?」
「な、何なんだこのガキどもは……!」
リザがチラリと見るだけで衛兵をゴミのように次々と吹っ飛ばし、ルードが流麗な剣技で一歩も退かずに敵を無力化していく。数十人いたはずの衛兵の壁が、文字通り一瞬で更地へと変えられていった。
「い、違法だ! 貴様ら、自分が何をやっているのか分かっているのか!? 国家の法に逆らう逆賊め!!」
腰を抜かし、尻餅をつきながら後退るブライ衛兵長が、必死になって法律の盾を叫ぶ。
そんな哀れなしがみつきに対し、リザは拳についた煤をフッと息で吹き飛ばしながら、冷徹に見下ろした。
「ただの『ざまぁ』だよ!」
リザは深く腰を落とし、前世の空手技の真髄たる極限の正拳突きの構えを取った。
その小さな拳を中心に、周囲の大気が悲鳴を上げて歪み始める。全身から溢れ出る圧倒的な魔力が、一つの巨大な「質量」となってブライの全身を押し潰した。
(――あの大技を、ここで使う気か……!?)
後ろで衛兵を片付けたルードの顔から、一気に血の気が引く。
それはかつてガレリア海洋帝国の巨大な軍艦を一撃のもとに木っ端微塵へと粉砕し、海ごと消し去ったリザの最大火力の固有技。
「魔動拳ッ!!」
空間を断裂させるような轟音と共に、リザの拳から漆黒の魔力の奔流が放たれた。
ドォォォォォォン!!!!!
それはもはや拳の衝撃波というレベルではなかった。太いビームのごとき破壊のエネルギー波が、ブライを巻き込みながら真っ直ぐに突き進む。
「あぎゃああああああっっ!?」
叫び声と共にブライの身体が遥か後方へと消し飛ぶと同時に、グリーガル第一商業組合の、あの絢爛豪華だった正面の大門が、だるま落としのように一瞬で分子レベルまで粉砕された。
それだけでは止まらない。魔力の奔流はそのまま敷地の奥へと突き進み、美しい庭園を丸ごと抉り取って、一本の巨大な「文字通りの更地の道」を作り出してようやく収まった。
大気がキチキチと鳴り、激しい砂煙が舞う。
「……あ、大門が、消えた……」
ルードはレイピアを握ったまま、あまりの光景に顎が外れそうなほど呆然と立ち尽くしていた。軍艦を潰した拳の威力を生身の人間に、それも建物ごと放つなど、文字通りの天災でしかない。
リザは残心を解き、満足そうにパンパンと手を払うと、門のあった空間の遥か奥にそびえる、ルシルの本陣(邸宅)を見据えた。
「よし、障害物は消えたね。ルード、このまま奥のボスを更地にしに行くよ!」
法律という盾ごと、文字通り正面から全てを粉砕した無法の天災。リザの容赦のない進撃は、いよいよ総帥ルシルの目の前へと迫るのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




