第68話 巨悪の知略と、無法の天災
ハドラムファミリーの本拠地を物理的に更地へ変え、ボスであるレンスを連行したリザとルードは、再び領主館の執務室へと戻っていた。
リザは出されたお茶をズズゥと優雅に啜りながら、やり切った顔で深く椅子に背を預けた。
「何はともあれ、これでこの街は平和になりそうだね。さーて、明日からは名産品のトルコマールダケを美味しくいただく、最高のリモートワーク老後ライフの始まりだね!」
これで邪魔者は消えた。そう確信して笑顔を浮かべるリザに対し、ルードは執務机の書類を整理しながら、ひどく重苦しい声を絞り出した。
「いえ、大変申し上げにくいのですが……このままだと、この街の治安は更に悪化します」
「…………は?」
リザのお茶を持つ手がピタッと止まった。笑顔のまま、引きつった顔をルードに向ける。
「何でぇ!? 一番数の多い凶悪なボスを倒したじゃん! アジトの酒場も跡形もなくペシャンコにしてあげたじゃん!?」
「それが原因なのです、リザ様」
ルードは深刻な表情のまま、古びた領地の地図をデスクに広げた。
「確かにハドラムファミリーは最悪のならず者集団でした。しかし同時に、彼らの圧倒的な『武力と数』があったからこそ、もう一つの巨悪である『グリーガル第一商業組合』も、派手な強奪や強引な囲い込みには踏み切れないでいたのです。つまり、悪い意味で互いが抑止力となり、バランスが取れていました」
ルードは地図の南側、立派な邸宅が立ち並ぶ商業区画を指差した。
「ですが今回、リザ様がハドラムファミリーを物理的に更地にしてしまったことで、彼らを恐れる必要がなくなった商業組合が、一気にこの街を合法的に支配しにかかるはずです」
「合法的に? 泥棒組織の次は、悪い商人ってわけかい」
リザが不愉快そうに眉をひそめると、ルードは「彼らは泥棒よりも遥かに厄介です」と言って、一枚の男の人相書きをデスクに置いた。
「商業組合を牛耳る総裁、ルシル・グリーガル。奴は前領主の時代から、この街の衛兵のトップを完全に金で買収し尽くしています。法律の穴を巧妙に突き、借金まみれにした農民や商人を、合法的に奴隷化して私腹を肥やす冷徹な知能犯です」
「衛兵が買収されてるってことかい。だったら、大公である私の権限で、そのルシルだかを不敬罪か何かで一発で処刑しちゃえばいいじゃない」
ふんぞり返るリザだったが、ルードは苦渋に満ちた表情で首を横に振った。
「それができないのです。ルシルが突いている法律の穴は完璧です。奴は公式の商取引と書類の手続きを、全て適法に進めています」
ルードはそこまで言うと、悔しさに眉間を寄せ、デスクの上の報告書をくしゃりと握りしめた。国家の法そのものが悪党の盾になっている現実への、強い憤りがその手に籠もっている。
「たとえ国最高位の『名誉大公』の爵位を持つリザ様であっても、明確な違法性が立証できない以上、国家の法を捻じ曲げて奴を裁くことは不可能です」
ルードは真剣な眼差しをリザへと向け、諭すように声を一段低くした。新領主である彼女を、政治的な破滅から守りたいという必死の訴えだった。
「もし無理に武力を行使すれば、今度はリザ様が『法を乱した独裁者』として王宮から弾劾されることになります」
ルシルは法律という絶対的な盾を完璧に使いこなしている。王族の身内である名誉大公すら、その盾の前には手も足も出ない――通常であれば、の話だが。
その時、バァン!と執務室の扉が勢いよく押し開けられた。息を切らし、泥にまみれた一人の若き伝令兵が、転がり込むようにして入ってくる。
「ル、ルード様! 緊急事態です! 商業組合に動きがありました!」
「落ち着け、何があった?」
ルードが素早く駆け寄り、伝令が差し出した書状をひったくるように受け取る。その書面へ視線を走らせた瞬間、生真面目な領主代行の顔が、かつてないほどに驚愕へと歪んだ。
「……ハドラムファミリーが消えたこの瞬間を、奴は見逃さなかったか……!」
「ルード、何が書いてあんんだい?」
お茶を飲み干したリザが尋ねると、ルードは怒りで小刻みに震える手で、その報告書をデスクに叩きつけた。
「ルシルです。奴は今まさに、名産品である『トルコマールダケ』が自生する広大な森を、組合の私有地として合法的に丸ごと囲い込む法案を提出しました。関係各所へ同時に根回しを済ませ、今この瞬間も手続きを強引に進めています」
「へえ、森をねぇ」
「衛兵も全てルシルの犬である以上、この手続きは数日中に強制的に完了してしまいます」
ルードは無念そうに拳を強く握りしめた。
「そうなれば、我々領主であっても、あの森のキノコを一切食べられなくなります。ルシルの許可なくキノコを採取すれば、私たちが『密猟』の罪で衛兵に逮捕されることになるのです」
「はぁ!?」
バンッ!!!と、リザは凄まじい勢いでデスクを叩き割らんばかりに立ち上がった。
その漆黒の瞳には、ハドラムファミリーの時を遥かにつぐ、苛烈で冷徹な怒りの炎が爛々と燃え盛っていた。
「私の領地なのに、私の大好きなキノコを、他人が作った法律のせいで私が食べられないって言うのかい!?」
「法律上は、そうなってしまいます……。書類の手続きが完了する前に、何か合法的な対抗策を打たねば……」
頭を抱えて作戦を練ろうとする堅物なルードを余所に、リザは拳をミキミキと激しく鳴らしながら、獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべた。
「合法? 法律の穴? 大公の身分が通用しない? ――ハッ、知ったことか!」
リザは懐から、名誉大公の特権印章をポイと床へ投げ捨てた。
もとより王女から押し付けられただけの最高顧問の爵位など、リザにとってはこれっぽっちの興味も価値もない。そんな書類上の肩書きに縛られて、目の前の美味いキノコを諦めるなど、リザの戦闘狂のプライドが許さなかった。
「ルシルだか何だか知らないけどさぁ。自分の知恵が世界で一番賢いとでも思ってるのかい?」
リザはジャケットを羽織り、迷いのない足取りで執務室の扉へと向かう。
「リザ様!? どこへ行くのですか! 相手を強引に叩けば、あなた様が犯罪者になってしまいます!」
焦って叫ぶルードに対し、リザは扉をバッと開け放ち、振り返って不敵に言い放った。
「犯罪者? 上等だよ。私のキノコ環境を脅かす奴は、法律だろうが買収された衛兵だろうが、ルシル諸共、全員グーパンで更地にしてやるよ!!」
そう言い残し、リザは風のように執務室から飛び出していった。
ルシルの策略によってタイムリミットが数日と迫る中、大切な食資源を人質に取られた無法の天災が、ついに怒りのまま動き出すのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




