第67話 更地の酒場と、不条理なリテイク
壁にぽっかりと開いた、人が一人通れるほどの巨大な穴。そこから差し込む虚しい秋風を前に、ハドラムファミリーの面々は完全に硬直していた。
リザの放った『挨拶代わり』の一撃は、酒場にいたゴロツキたちの戦意を根こそぎ喪失させるには十分すぎる威力だった。
これ以上の戦闘は自殺行為だと悟った数人の男たちが、出入口の扉へ向かって一斉に逃げ出そうとする。
だが、彼らが扉に手をかけるより早く、一筋の銀光がその行く手を阻んだ。
「ど、どけえええええ!」
「逃がしません」
リザが動いた瞬間、いち早く意図を察して出入口へ陣取っていたのはルードだった。
生真面目な領主代行は、必死に掴みかかってくるゴロツキたちの攻撃を最小限の動きで軽くあしらい、急所を打って確実に床へ転がしていく。一歩も通さない鉄壁の門番だった。
そんなルードの働きを見届け、リザは満足そうに拳を握り直す。
「さーて、デザートは最後に取っておこうかなっと」
リザの視線が、奥に佇むボス、レンス・ハドラムへと向けられる。リザにとって、ボス戦は一番の好物なのだ。
しかし、その前にまずは周囲の有象無象を片付けなければならない。
リザの身体がブレた。
次の瞬間から、酒場の中はさながら不条理な嵐に見舞われた。リザがステップを踏んで拳や蹴りを放つたびに、ゴロツキたちが悲鳴を上げて四方八方へと弾き飛んでいく。そしてその肉体が激突した壁には、ボコボコと新しい『巨大な穴』が次々と作成されていった。
「お、おいおい、まじかよ……!『黒い天災』の噂は、おとぎ話じゃなかったってのか……!?」
レンスはガタガタと膝を震わせ、顔面を蒼白に染めていた。だが、このままでは全滅を待つだけだ。レンスは残った力を振り絞り、大声で怒号を張り上げた。
「おいお前ら!怯むな!このガキを全員で一気に畳みかけろ!」
ボスの決死の号令によって、かろうじて戦意を取り戻したゴロツキどもが、怒声を上げて一斉にリザへと襲いかかる。数にして十数人、全方位からの同時攻撃だった。
だが、その光景を見たリザの顔に、凶悪なまでの笑みが浮かぶ。
「やったぁ!ボーナスタイム!キタキタキター!」
リザにとっては、もはやただの格闘ゲームのコンボ練習でしかなかった。
最高の笑顔を浮かべた12歳の少女は、迫り来る武器を紙一重で見切り、前蹴りで吹き飛ばし、回転裏拳で薙ぎ払い、面白いように壁へ大穴を開け続けていく。
その凄惨な無双劇の後ろで、レンスはコソコソと這うようにして出入口へと向かっていた。部下を囮にして、自分だけでも生き延びようという算段だった。
しかし、扉の前に辿り着いた瞬間、冷徹な緑の瞳とバチリと目が合った。ルードが小剣を構えて立っている。
「ルード、てめぇ……とんでもねぇ化け物を連れてきやがったな……っ!?」
「レンス、命までは取らない。大人しく投降しろ」
「ふざけるな、誰が大人しく捕まるかよ!」
レンスは手にした大剣を大振りに振り回し、死に物狂いでルードに襲いかかった。ルードはそれをレイピアの極細の刃でガチリと受け止め、火花を散らしながら応戦する。
「くそっ!俺たちが何をしたっていうんだ!?」
剣を交えながら、レンスが血を吐くような叫び声を上げた。その必死な形相に、ルードは毅然と言い返す。
「何をしただと!?お前たちは力なき領民たちから金を毟り取り、この街の人々を散々と苦しめてきたじゃないか!」
「そういうことじゃねぇ!俺だって……俺だってまっとうに生きたかったんだよ!だが前の領主がポンコツすぎて、俺たちは全員食い詰めちまったんだ!」
大剣を叩きつけながら、レンスの悲痛な叫びが酒場に響く。
「国からも見捨てられたこのスラムみたいな場所で、テメェには何ができる!?俺にはこの腕っぷししか無ぇんだ!こうして暴力で縄張りを張る他に、生きる道は無かったんだよ!」
「その腕があれば……!衛兵にでも何でもなって、街を守る側に回れたはずだ!その道を選ばなかったのは、お前自身だろう!」
ルードの鋭い叱責に対し、レンスは力任せに前蹴りを放ってルードを突き放し、距離を取った。そして、自嘲するように鼻で笑う。
「……なろうとしたさ。だがなルード、この街の衛兵は全て、あの悪徳商人ルシルの野郎の息がかかっていやがる。賄賂も払えねぇ俺たちが、なりたくてもなれるわけがねぇだろうが!」
レンスはボロボロになり、穴だらけになった酒場の惨状を見渡した。
「あいつらだって、本当は根が悪い奴らじゃねぇんだ。だがな、こうでもしないと、この最悪な街じゃ飢えて死ぬしかねぇんだよ!」
「それは……」
ルードの剣先が、わずかに揺らいだ。
レンスの言葉は、この街の底にある歪んだ現実そのものだった。前領主の負の遺産と、次に控える巨悪ルシルの影。生真面目なルードだからこそ、その言葉の重みに迷いが生じてしまった。
一方その頃、少し離れた場所で最後の数人をまとめて宙に浮かせ、華麗な空中コンボを叩き込んでいたリザは、チラリとルードたちの背中に視線を向けた。
(……ん? なんだかあっち、めちゃくちゃシリアスで熱い会話をしてない? もしかして、ライバルと和解するラノベの重要イベント始まってる!?)
格闘ゲーム並みの猛攻を繰り出しながらも、リザの脳内にあるオタクのアンテナが激しく警報を鳴らしていた。だが、目の前のザコどもが次々と襲いかかってくるせいで、じっくり耳を傾ける余裕がない。
「もうっ、お前ら空気読みなよ! あっちの会話が聞こえないじゃん!」
リザは八つ当たり気味に、最後のゴロツキを小気味よく吹き飛ばした。
「あ、終わった。……で、ルード、さっきの会話って――」
リザが拳を下ろして振り返ろうとした、その瞬間だった。
ズズズ、と建物全体が不穏な地鳴りを立てて大きく揺れ始めた。リザが会話を邪魔するなと壁に穴を開けすぎたせいで、二階建ての酒場を支えていた主要な柱が完全にへし折れ、構造上の限界を迎えていたのだ。
リザの顔から一気に血の気が引き、青ざめた表情で出入口の二人に向かって猛ダッシュする。
「ルード!ごめん!やりすぎた!崩れる!!」
「えっ!?」「うわあああっ!?」
ルードとレンスの胸熱な対峙の余韻など全て台無しにする勢いで、リザは二人の襟首を強引に掴むと、そのまま酒場の外へと弾丸の如く飛び出した。
ドドォーーーーン!!!
三人が外へ転がり出た刹那、大きな砂煙と共に、ハドラムファミリーの本拠地だった二階建ての酒場は、文字通り跡形もなくペシャンコに崩壊した。
しばらくの間、呆然と静まり返るスラムの路地。
瓦礫の山を見つめながら、リザはルードの視線から気まずそうに目を逸らし、テヘッ☆とでも言い出しそうな作り笑いを浮かべた。建物ごと更地にしてしまった。
その圧倒的な不条理の塊の前に、レンスはポツリと呟いた。
「……参った。もう好きにしてくれ。これじゃ組織もクソもねぇよ」
「え?あれ!?いや待ってよ!デザートは!?あんたとのボス戦まだやってないんだけど!?」
「できるわけねぇだろ、この化け物……」
がっくりと項垂れるレンスに対し、リザは自分の戦闘機会が失われたことに本気でショックを受けていた。
そんなリザの様子を見て、ルードは張り詰めていた緊張が解けたのか、くすりと小さく笑った。あれほど重苦しかった雰囲気が、新領主の理不尽なパワーによって完全に吹き飛んでいた。ルードは腰の後ろから縄を取り出し、レンスの両手に優しくかける。
「レンス。この街の平和は必ず、俺と……このリザ様が取り戻してみせる。それまで大人しく、待っていてくれ」
レンスは縛られた手を眺め、それから二人の領主たちを見上げて、ふっと笑みを浮かべた。
「へっ……死ぬほど期待しないで待っててやるよ」
その瞬間、少し離れた場所で地面の煤をパッパッと払っていたリザの脳内で、バラバラだったパズルのピースがカチリと噛み合った。
(やっぱりだ! バトル中にあいつらがコソコソ喋ってたの、絶対に主人公とライバルが和解する最高のエモいシーンだったやつじゃん! 私、自分のコンボと建物の崩壊パニックのせいで全然まともに聞けなかった!)
重要イベントの機会損失に気付いたリザは、血相を変えてルードの元へと詰め寄った。
「ルード、ちょっといい?」
「はい、何ですかリザ様」
「私が見てなかったパート、もう一回最初から再現して。これ、大公命令ね」
「御意!……って、閣下、パートとは一体何のことですか?」
「いいから今すぐその縄を解いて、さっきの『期待しないで待っててやるよ』のセリフのくだりをもう一回やるんだよ!」
「すみませんリザ様!……おっしゃっている意味が、全く理解できないのですが!?」
大真面目に困惑するルードと、理不尽な命令を繰り返すリザ。
連行される身であるはずのレンスは、そんな凸凹な二人の姿を見つめながら、声を上げてケラケラと笑っていた。
完全に崩壊したアジトの瓦礫の上で、レンスは皮肉にも、この街の暗く冷たい霧が晴れていくような、明るい未来を確かに垣間見た気がしたのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




