第66話 酒場の悪党と、心の中のサイリウム
ハドラムファミリーの本拠地である大きな酒場の前に、リザとルードは辿り着いた。
建物の中から漏れ聞こえてくる下劣な怒号や笑い声に、ルードは表情を引き締め、小声でリザに耳打ちした。
「リザ様、中にはハドラムファミリーのメンバーしかいません」
「うんうん」
リザは腕を組みながら、適当に相槌を打つ。
「まずはここで待機して、出てきた奴から順次撃破しましょう」
「うん?」
「そして奴らの酔いが回った頃に、一気に片付けましょう!」
大真面目にプロの包囲戦術を語るルードに対し、リザは呆れたように小さく息を吐いた。
「いやいやルード、そんなことしてちゃ日が暮れちまうよ」
「え……?」
ルードが怪訝な顔をした次の瞬間には、リザはすでにスタスタと正面扉へ向かって歩き出していた。
そして、木製の頑丈なドアを、小さな足でバァン!と勢いよく蹴り開けた。
「なっ……!?」
ルードの驚愕の声を置き去りにして、酒場の中に冷たい秋風が吹き込む。
それまで響いていた下劣な笑い声がピタッと止まり、濁った酒の臭いが漂う空気の中で、中にいた数十人のゴロツキたちの視線が一斉にリザとルードへ集まった。
しんと静まり返る酒場。
そんな威圧的な空気などどこ吹く風で、リザはスタスタと堂々たる足取りで酒場の中へと入っていく。ルードは一瞬だけ天を仰いだが、すぐに腹を括ってレイピアの柄に手をかけ、新領主の後ろをぴたりと追った。
「おやおや、誰かと思えば領主代行サマじゃあないですか!」
酒場の奥から、両手を広げながら一人の男がニヤニヤと下劣な笑みを浮かべて歩み出てきた。
大柄で筋肉質な体躯に、無数の傷跡。彼こそがこの武闘派集団を束ねるボス、レンス・ハドラムだった。
レンスはルードの目の前までやってくると、わざとらしく周囲を見回した。
「こんなむさ苦しいところに、一体何の御用で?」
レンスの言葉を合図に、周囲のテーブルについていたゴロツキたちが一斉に立ち上がり、椅子を引く不穏な音を響かせながらリザとルードを完全に包囲した。
(わあ……すごい。絵に描いたような悪役が出てきたよ)
緊迫した状況とは裏腹に、リザのテンションは最高潮に達していた。前世の創作物で見たようなコテコテの悪党の登場に、心の中のサイリウムを激しく振り回してオタ芸を踊り出したい気分だった。
対するルードは完全に腹を括り、すらりと細身のレイピアを抜いて切っ先を突きつけた。
「お前たちの悪行も今日までだ。今すぐ組織を解解するのであれば、命までは取らないでやろう!」
その毅然とした、だがどこまでも生真面目な勧告を聞き、レンスは一瞬だけポカンと呆気に取られた。
しかし、すぐにその顔が歪な嘲笑へと変わる。
「おいみんな、聞いたか!?この領主代行サマは、日々の激務のせいでいよいよ頭がイカレちまったらしいぞ!」
ギャハハハハ!!!
レンスの言葉を皮切りに、ハドラムファミリーの面々が一斉に腹を抱えて笑い出した。酒場が壊れんばかりの大爆笑が響き渡る。
「で、その隣にいる子供は誰だ?まさかとは思うが、お前が連れてきた強力な助っ人だったりするのかぁ!?」
笑いの止まらないゴロツキどもを前に、リザはただただニコニコと微笑みながら、心の中のサイリウムをさらに激しく振り続けていた。早く暴れたくて身体がウズウズしている。
レンスは涙を拭いながら、リザのその不気味な笑みに視線を向けた。
「面白い冗談をありがとうよ、領主代行サマ。せっかくのチャンスだからお前をここで殺そうと思ったが、やめだ。あまりに滑稽で気分が良いからな。そのガキをここに置いて一人で逃げるって言うなら、今日だけは見逃してやるよ」
「寝言は寝て言え!私がリザ様を置いて逃げるわけがないだろう!」
ルードが怒りを込めて一喝する。その言葉を聞いた瞬間、レンスの目が怪しく光った。
「……リザ様ぁ? おいおい、もしかしてそのガキ、最近この領地を引き継いだとかいう、噂の新しい領主サマか?」
レンスはリザとルードの顔を交互に見た後、信じられないものを見るかのように首を振った。
「で……この小さな領主サマの『正義ごっこ』に付き合って、たった二人でこの俺たちの本拠地に攻めてきたのか……!?」
ギャハハハハ!と、再び酒場に悪辣な笑い声が弾けた。
「おいテメェら!領主代行のルードは殺せ!だがそのガキは生け捕りにしろ!新しいおもちゃにしてやる!」
レンスが笑うのをやめ、獰猛な顔で命令を下した瞬間、ゴロツキたちが一斉にギラつく武器を抜いた。
「あー、最高。シチュエーションとしては本当に100点満点だよ」
リザは満足そうに息を吐くと、ニコニコとした笑顔のまま、振り返ってルードを見つめた。
「よし、もういいよルードくん」
「え……?」
「ルードくんは一人も逃がさないように、ここから逃げようとする奴だけ後ろで捕まえて倒してね」
「リザ様、何を――」
ルードが言い終えるより早く、リザの小さな身体から、酒場全体の空気を物理的に押し潰すほどのドス黒い魔力が爆発的に吹き荒れた。
あまりのプレッシャーに、突撃しようとしていたゴロツキたちの動きが完全に硬直する。
「とりあえず、挨拶代わりね」
リザは目の前にいた大男の懐へと一瞬で肉薄すると、無造作に掌底を叩き込んだ。
ドゴォォォン!!!と鼓膜を破らんばかりの衝撃音が響き渡り、大男の肉体は弾丸となって背後のゴロツキたちを巻き込みながら、酒場の頑丈な壁を派手に突き破って外へと吹き飛んでいった。
壁にぽっかりと開いた巨大な穴から、虚しく秋風が吹き込んでくる。
あまりの異常事態に、ボスであるレンスを含めた全員の顔から、一瞬で血の気が引いていった。
リザは拳についた埃をフッと息で吹き飛ばすと、漆黒の瞳を爛々と輝かせて不敵に言い放った。
「さぁ、さっさと全員片付けて、美味しい松茸を食べに行くよ!」
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(次回更新:明日19時40分!)




