第63話 領主の査定と、英雄の跪礼
襲いかかってくる三人のチンピラを前に、ルードの身体がしなやかに躍動した。
「ふんっ!」
鋭い踏み込みと共に、細身の小剣――レイピアの切っ先が、流星のような美しい軌道を描いて虚空を裂く。
大振りな棍棒を力任せに振り回すチンピラの一撃を、ルードは半身をかわす最小限のステップでひらりといなした。その足捌きには一切の無駄がない。
すれ違いざま、ルードは小剣の手元にある護拳の部分を使い、男の手首を正確に強打する。
「ぎゃああっ!?」
男が激痛で棍棒を取り落とした瞬間には、ルードはすでに二人目の懐へと滑り込んでいた。
突き出される錆びた刃に対し、ルードはレイピアの刃を滑らせるようにしてガチリと噛み合わせると、手首のスナップだけで小気味よく相手の武器を天高くへと弾き飛ばした。
「なっ、俺の剣が……っ!?」
「これで最後です!」
驚愕する男たちを尻目に、ルードはそのまま流れるような連撃へと移行する。
三人目の足元へ、目にも留まらぬ速度で鋭い一突きを見舞った。正確にズボンの裾だけを地面に縫い付ける、神業に近い精密さだった。
「うわっとっと!?」
急所を完全に外し、相手を傷つけることなく武装だけを解除する。その戦いぶりは、ただの独りよがりの暴力ではなく、街の治安を守るための洗練された実戦剣技そのものだった。
瞬く間にすべての武器を叩き落とされ、圧倒的な実力差を悟ったチンピラどもは、互いに顔を見合わせると「お、覚えてろよ!」とテンプレのような捨て台詞を吐きながら、這々の体で路地裏へと逃げ出していった。
「ふぅ……。怪我はありませんか、皆さん。もう大丈夫ですよ」
ルードがレイピアの切っ先を美しく一回転させて鞘に収めると、それまで張り詰めていた街の空気が一気に弾けた。
わっと地を揺らすような、大きな拍手と地鳴りのような歓声が湧き上がる。
「さすがルード様だ!」
「いつもいつも、本当に助かります、領主代行!」
「あのポンコツ前領主の時代と違って、ルード様がいてくれるからこの街は保ってるよ!」
口々に惜しみない称賛を浴びせる領民たち。ルードは照れくさそうに薄緑の髪を掻きながら、穏やかな笑みを浮かべて彼らに応えていた。
そんな温かい平和な光景の輪の向こうから、パチ、パチ、とゆっくりと場違いな拍手をしながら、一人の少女が歩み出た。
「へえ、なかなか鮮やかな剣捌きじゃん。急所を外して無力化するなんて、上出来。合格点だよ」
その声を聞いた瞬間、ルードの全身が雷に打たれたように硬直した。
街の誰もが恐れる『黒い天災』にして、自分にすべての仕事をリモートワークという名目で丸投げしている、書類上の「我が主」の声。ルードは弾かれたように振り返り、限界まで目を見開いた。
「り、リザ様……!?なぜ、このような場所に……!?」
「やっほー、ルード。ちょっと秋の味覚に誘われてお散歩にね」
悪びれずにひらひらと手を振るリザを見て、ルードは一瞬で表情を引き締め、居住まいを正した。
そして、周囲の領民たちが呆然と見守る中、その場に深く、美しく右膝を突き、深々と頭を垂れたのである。
「お姿を見せぬ我が主、王室最高顧問たる『名誉大公』ウェカム閣下が、まさかこのような辺鄙な場所に直々にお越しになられているとは……。不肖ルード・ニボール、閣下のご光臨を心より歓迎いたします」
しんと、一瞬で街が静まり返った。
ついさっきまでリザの隣で「新領主のガキは仕事を丸投げして今頃どこかで遊んでる」と熱弁していた焼きキノコ屋のおばさんは、口をあんぐりと開けたまま、持っていたトングをガシャリと地面に落として化石のように固まっている。
周囲の領民たちも一斉に顔を真っ青に染め上げ、「嘘だろ、あの子が……?」「さっき思いきりキノコ噴き出してゲホゲホ言ってたぞ……」「俺たち、今の今まで大公様の悪口を言いまくってたんじゃ……不敬罪で処刑される……!?」と、ガタガタと震え始めた。
街の英雄であるルードが公衆の面前で恭しく跪いたことで、リザへの注目度と、領民たちの誤解による気まずさは限界突破を迎えていた。
契約通りリモートワークをしていただけとはいえ、現場の必死な空気と、自分のサボり(のように見える現状)の対比が痛すぎる。リザの顔からサーッと血の気が引いていく。
「ちょ、ちょっとルード!?」
リザは慌ててルードの肩を掴み、小声で必死に捲し立てた。
「いいから早く立って!お願いだから今すぐ立って!周りの目が痛すぎて、精神的に死んじゃうから!」
「は、はあ……。申し訳ありません、リザ様。私がこの街の問題を何とか解決しようと奔走していましたが、私の力及ばず、結果として領民に多大なご不便を……すべては私の責任です」
生真面目なルードは、跪いたままどこまでも申し訳なさそうに視線を落とす。その忠臣っぷりが、余計にリザの胸をグサグサと刺した。
周囲のザワつきは大きくなる一方だった。誰もが怯えの視線でこちらを見ている。これ以上ここにいるのは限界だった。
リザは冷や汗をだくだくと流しながら、ルードの腕を無理やり引っ張って立ち上がらせた。
「謝罪も能書きもいいから!とりあえず、領主館に行こう!話はそこで全部聞くから!ね、今すぐ移動しよ!?」
「あ、はい、分かりました。ではご案内いたします」
周りの痛いほどの視線から逃れるように、リザはルードを急かして爆速で歩き出した。
逃げるような領主様の後ろ姿を、領民たちはただただ、嵐が過ぎ去るのを待つかのように見送るのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




