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第62話 至高のキノコと、緑の快傑

「うわぁ……!なんて良い香り……!」


ウェカム領の町に足を踏み入れた瞬間、リザは歓喜の声を上げた。

秋風に乗って漂ってくるのは、食欲をこれでもかと刺激する魅惑の芳香。あちこちに「トルコマールダケ」を扱う露店がずらりと並び、香ばしい煙を上げている。


リザは吸い寄せられるように、一枚の看板を掲げた露店の前に足を止めた。

『焼きトルコマールダケ:10ゴールド』


「おばさん!これ1つちょうだい!」


「あいよ、毎度あり!熱いから気をつけてね」


威勢の良いおばさんから受け取ったのは、串に刺さってこんがりと焼かれた、スライス仕立てのキノコだった。

じっくりと立ち上るその匂いは、完全に松茸。

いや、前世でそれなりの稼ぎがあった独身時代、秋の贅沢として少し良い店で奮発して食べた、あの最高級の松茸よりも遥かに濃密で上品な香りがしている。


「いただきまーす!」


リザは大きな口を開けて、一口目をパクリと放り込んだ。

噛んだ瞬間、繊維の隙間から溢れ出た強烈な旨味と至高の香りが、爆発的な勢いで鼻腔へと突き抜けていく。


「ふおおおおおおおおっ……!」


美味い。美味すぎる。前世で食べた松茸なんて比ではない。ハフハフと口から吐き出す息すら、もう一回吸い込みたいほどに美味い。

リザはあまりの感動に、ポロポロと涙を流しながら焼きキノコを夢中で貪り食った。


「お嬢ちゃん、観光客かい?本当に美味しそうに食べるねぇ。そんなに泣くほど美味いかい」


おばさんが嬉しそうに笑う。リザはさすがに少し恥ずかしくなったが、それでもキノコを口に運ぶ手だけは絶対に止まらなかった。


ガシャーーーン!!


その至福の時間を引き裂くように、すぐ近くで派手な破壊音が響き渡った。


見れば、隣の露店の台が、ガラの悪い男たちに蹴り飛ばされている。並べられていたキノコが泥の中に散らばり、周囲の買い物客たちが悲鳴を上げてクモの子を散らすように逃げていく。


「オラオラ!誰に断ってここで商売してんだぁ、あぁ!?」


「ハドラムファミリーに上納金払ってねぇ店は、今すぐここから出ていけ!」


「ギャハハハハ!おいババァ、早く金を出しな!出さねぇならこの店、全部叩き壊すぞ!」


下劣な笑い声を上げる三人のチンピラども。

リザは口をモグモグと動かしながら、この世の終わりを見るかのような冷ややかな視線を彼らに向けた。

せっかくのキノコの余韻が台無しである。

露店のおばさんは、深いため息をついて肩を落とす。


「やだねぇ、あいつらまた来やがった。……お嬢ちゃん、せっかく良い気分で食べているところをごめんね」


リザは「気にしないで」と、もぐもぐしながら首を横に振る。おばさんは諦め混じりの愚痴をこぼすように言葉を続けた。


「あいつらハドラムファミリーは、ここいらを縄張りにしているチンピラ集団でね。前の領主がポンコツだったせいで、どんどん勢力を伸ばしてさ。今じゃ衛兵すら金を握らされてるか怯えてるかで、全く手がつけられなくなっているんだよ」


リザはキノコの旨味を噛み締めながら、フムフムと話を聞いている。前の領主がポンコツ、というのは王女からも聞いていた通りだ。


「数ヶ月前に領主が変わったから、街のみんなで期待していたんだけどねぇ。新しく領主になったリザ・ウェカムってのは、なんかまだ子供らしくてさ。一回もこの領地に顔を出してないんだよ。名誉大公だかなんだか知らないけど、仕事を丸投げして今頃どこかで遊んでるのさ。全く、何のための領主なんだか」


ブッ!!!!


「げほっ!ゴホゴホッ……!」


リザは思いきり口の中のキノコを噴き出し、涙目で激しくむせた。


「お嬢ちゃん!?大丈夫かい、喉に詰まらせたのかい!?」


「だ、大丈夫……げほっ、大丈夫だよおばさん……」


リザは冷や汗を流しながら、必死に頷いた。

心の中で(違う、違うんだよおばさん!私は王女様と『週休5日、仕事はすべてリモートワーク』っていう正当な契約を結んだだけなんだよぉ!)と全力で言い訳を叫ぶ。


しかし、現場の領民からすれば、一度も姿を見せない新領主など「仕事を丸投げして遊んでいるガキ」にしか見えないのは当然だった。かつてないレベルで胃がキリキリと痛むほどの気まずさだった。


「まったくさ、そんなに偉い大公様なら、一回くらいここにきてこの街を平和にしてほしいもんだよ、本当に」


おばさんの真っ当すぎる現場の正論が、リザの胸にグサグサと突き刺さる。


リザは服の袖で冷や汗と口元を拭い、拳にうっすらと魔力を込めた。リモートワークの契約は盾にできても、自分の領地で美味いキノコの邪魔をするチンピラどもを見過ごすわけにはいかない。名誉大公としての名誉を挽回するため、あいつらを物理的に更地へ変えてやろう、と決意する。


「おばさん、なんかごめんね……? とりあえず、あいつら片付けてくるね」


「え? お嬢ちゃん、何言ってるんだい、危ないよ!」


止めるおばさんの声をよそに、リザが一歩踏み出した――その時だった。


「お前ら、何をしている!」


どこからともなく、鋭く響き渡る叱責の声と共に、一人の男が露店の屋根から鮮やかに飛び降りてきた。

鮮やかな緑色の高貴な上着に身を包んだ、整った顔立ちの男。その手には、美しく細身の、きらびやかな小剣(レイピア)が握られている。


「良かった!ルード様が来てくれたよ!」


おばさんがパッと顔を輝かせる。チンピラたちも一斉に顔を引きつらせた。


「げぇっ!領主代行のルードが現れやがった!」


「めんどくせぇやつが来たな……!お前ら、囲んでやっちまえ!」


色めき立つ悪党どもを前に、緑の上着を翻したルードは、レイピアの切っ先を美しく突き出して流麗な構えを取る。

その堂々たる統治者としての佇まいを目の当たりにして、リザは気まずさに顔を引きつらせながら、心の中で激しく頭を抱えた。


(うわあああ!私の領主代行(ルード)、リモートワークの私の代わりに現場で直接体を張って戦ってるじゃん……!)


新領主であるリザは、おばさんの横で冷や汗を流しながら、まずは自分の優秀な部下の戦いぶりを見守ることにした――。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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よろしくお願いいたします!

(次回更新:明日19時40分!)

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