第61話 戦闘狂の秋と、幻のキノコ
獣人国の革命軍を壊滅させてから、早いもので1ヶ月が経過した。
季節はすっかり秋。
世間では「食欲の秋」や「芸術の秋」などと言われる季節だが、リザにとっては間違いなく「戦闘狂の秋」であった。
しかし悲しいかな、今のリザには相変わらず戦う相手が一人もいなくて、日々ひどく退屈していた。
いつものように町をぶらぶらと散歩していると、住人たちがニコニコと笑顔で話しかけてくる。
「おーい、リザちゃん!見てくれよ、今年のカボチャは豊作だ!」
かつては村人を困らせていたはずの盗賊団の男たちが、今ではすっかり改心して、嬉しそうに収穫したての立派な野菜を見せてくる。
平和なのは本当に良いことだ。良いことなのだが。
「はぁ……みんな平和になっちゃって、誰も私に喧嘩売ってこないなぁ……」
戦闘狂のリザにとって、この平和すぎる町は少々退屈が勝ってしまうのだった。
そんなリザの耳に、聞き馴染みのある元気な声が飛び込んできた。
「おーい、リザちゃん!こっちおいで!今日も美味しいリンゴがあるから、1つあげるよ!」
声の主は、親しい果物屋のおばちゃんだった。
リザはパッと表情を明るくして果物屋へ駆け寄る。
「わーい、おばちゃんありがとう!」
差し出された真っ赤なリンゴを受け取り、勢いよくガブリと齧りついた。
その瞬間、口いっぱいに広がった果汁にリザの目が丸くなる。いつもより、みずみずしさも、香りも、シャキシャキとした食感も圧倒的に違っていた。
「んー!やっぱりこの季節のリンゴは格別だねぇ!」
「ふふ、リザちゃんは本当にいつも美味しそうに食べるねぇ。見てるこっちまでお腹が空いてきちゃうよ」
おばちゃんが目を細めて笑う。
リザはリンゴをモグモグと咀嚼しながら、しみじみと呟いた。
「まさに食欲の秋だねぇ。リンゴもすっごく美味しいけど……秋といえば、やっぱり松茸が恋しくなるよねぇ」
「マツタケ?何だいそれは?聞いたことがないねぇ」
おばちゃんが不思議そうに首を傾げる。
リザはリンゴを飲み込み、両手で身振り手振りを示しながら力説した。
「おっきくて、香りがものすごく良くて、食べ応えが抜群にある最高に美味しいキノコだよ!」
「へえ、聞いたことは無いけど、なんだか凄く美味しそうだねぇ」
「やっぱりこの世界には無いのかなぁ。美味しいのになぁ……」
贅沢な秋の味覚を思い出し、リザは分かりやすくシュンと肩を落とした。
そんなリザの様子を見て、おばちゃんは「うーん」と記憶を遡るように顎に手を当てた。
「ああ、でも、その特徴……なんだかトルコマールダケにそっくりだねぇ」
その言葉を聞いた瞬間、リザの目がキラーンと鋭く光った。
「なにそれ!?おばちゃん、詳しく教えて!」
「トルコマール領でだけ獲れる特別なキノコだよ。大きさはねぇ、大体これくらいかねぇ」
おばちゃんが両手を広げて、50センチメートルほどの大きさを表現してみせる。
「でっか!」
思わずリザの声が裏返った。キノコにしては規格外の巨大さだ。
「大きいんだけどね、もの凄く良い香りがしてねぇ。食べ応えがあって、味もとっても美味いんだよ。この地方じゃ、最高のご馳走さ」
「それ食べたい!おばちゃん、そのキノコちょうだい!」
身を乗り出すリザだったが、おばちゃんは困ったように残念そうな顔をした。
「それがねぇ、トルコマールダケは鮮度が命なんだよ。この町まで仕入れようとしても、運んでいる間に味が極端に落ちちゃうんだ。だから、市場には絶対に出回らないのさ」
「えーっ……そんなぁ……」
食べられないと知り、リザは今度こそガッカリと項垂れた。しかし、おばちゃんは悪びれずに言葉を続ける。
「もし食べたかったら、現地……トルコマール領に行くしかないよ。ああ、話してたら私までまた食べたくなってきちゃったねぇ」
「そのトルコマール領ってどこにあるの!?今すぐ教えて!」
「ここからずっと北にあるよ。……って、あれ?そういえば」
おばちゃんは何かに気づいたように、ぽんと手を叩いた。
「そういえばあの土地、今は名前が『ウェカム領』に変わっていたねぇ」
「ウェカム領……?」
聞き覚えのある名前に、リザの心臓がドキリと跳ねた。おばちゃんはクスクスと笑いながらリザの顔を覗き込む。
「ウェカム領って、リザちゃんが王女様から『名誉大公』の爵位をもらった時に、一緒に譲り受けた領地じゃないかい?」
「え……?」
リザは固まった。
リザは名誉大公になって以降、領主代行のルードに仕事をほぼ丸投げしており、自分の領地の詳細などこれっぽっちも把握していなかったのだ。もちろん、一度も現地に赴いたことすらない。
「ええっ!?私の領地、そんな最高の名産品があったの!?」
「ふふ、いくら強くても、やっぱり12歳の女の子に領地経営は無理だよねぇ。自分の領地の特産品も知らないなんて」
おばちゃんからからかわれ、リザはバツが悪そうに少し下を向き、顔をやや赤くした。だが、おばちゃんはすぐに優しい笑顔に戻ってリザの背中を押す。
「トルコマールダケは今がまさに旬のはずだよ。たまには自分の領地にも、領主として顔を出してみたらどうだい?」
その言葉を聞いた瞬間、リザの脳内は「50センチの最高に美味い香りのキノコ」のイメージで埋め尽くされた。
じゅるり、とリザの口から盛大に涎が垂れる。
リザは手に持っていたリンゴを、凄まじい勢いで一気に丸ごと平らげた。
「おばちゃん、ありがとう!私、今からちょっと自分の領地に行ってくる!」
「おや、相変わらず行動が早いねぇ!気をつけていくんだよ!」
おばちゃんの見送りの声を背中で聞きながら、リザはすでに爆速で北へ向かって走り出していた。
待っていなよ、トルコマールダケ。私が全部食べ尽くしてやるからね!
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(次回更新:明日19時40分!)




