第6話 聖剣の粉砕と、還暦手刀の優しい抱擁
「下――がれと言ったはずだ、少女ォォォ!」
ジウスが悲痛な面持ちで叫び、魔力を限界までまとわせた圧倒的な光の大剣を真っ直ぐに振り下ろす。その一撃は、平原の地平ごとすべてを両断せんばかりの破壊力を秘めていた。
王国の傭兵たちが「終わった……」と目を覆う中、渦中の私はといえば、アドレナリンがドバドバに出て完全にトランス状態だった。
「あははは! お兄さんの聖剣、まぶしーい! 目がチカチカするよ!」
大騒ぎしながら、私は迫りくる光の刃を見据える。
直撃する、まさにその刹那。私は全身の黒属性魔力を右腕に凝縮させ、本日二度目となる空手の基本技――『上段受け』をパシィィンと軽やかに繰り出した。
ガキィィィィィィィン!!!
ガラスが木っ端微塵に割れるような、鼓膜を震わせる大爆音が平原に響き渡る。
次の瞬間、ジウスの片手剣を覆っていた分厚い光の魔力が、まるで揚げたてのフランクフルトの衣のように綺麗に剥がれ落ち、粉々に砕け散った。
あとに残されたのは、ただの、驚くほど細い普通の片手剣。
「……は? 私の渾身の魔法剣が……女の子の、素手で……粉砕された……?」
ジウスは剣を握ったまま、あまりの現実離れした光景に思考が完全にデッドロックを起こし、その場にカチコチにフリーズした。帝国軍の全兵士の視線が点になっているのが分かる。隙だらけだ。
「よーしお兄さん、歯ぁ食いしばんな!」
私はニヤリと笑うと、間髪入れずにステップを踏み込み、魔力を限界まで込めた強烈な『正拳突き』をその綺麗な顔面に向けて放った。
ジウスは騎士の執念か、咄嗟に左腕の頑丈な盾を構えて防御に回る。
ドゴォォォォォン!!!
しかし、五歳児でローキックを折った私の拳だ。十二歳になった今の突きの前には、帝国の最高級の盾などただのペラペラな段ボール同然。ジウスは盾ごとまとめて後方へと文字通り「吹っ飛ばされ」、地面を十数メートルも転がっていった。
「あー、スッキリした☆」
凝り固まっていた肩が軽くなり、私は首をパキパキと鳴らす。
すると、泥まみれになりながらも、ジウスがフラフラと、しかし強い意志を宿した目で再び立ち上がってきた。盾を持っていた左腕はだらりと垂れ下がっている。
「私は……負けるわけには、いかないんだ……! 私が負けたら、この戦争はもっと泥沼化して酷くなる……! 帝国の魔の手からルナリアを、民を救うためには、私は絶対に負けるわけにはいかないんだぁぁ!」
涙を流さんばかりに叫ぶイケメン。自分の命など最初から捨てている、あまりにも純粋で不器用な正義の姿。
私はふぅと小さく息を吐くと、彼のもとへスタスタと軽い足取りで歩み寄った。
そして、そのボロボロの鎧を見上げ、中身還暦の落ち着いたトーンでそっと声をかける。
「あんたの正義は、間違っちゃいないよ」
「……え?」
「でもさ。間違っちゃいないけど、正解じゃないよ」
私は優しくジウスの剣を素手で押し下げ、サバサバとした、けれど温かい眼差しを向けた。
「そんな無茶なやり方じゃあさ、いつかこうやって、あんたの正義の方が先にバチンと破綻していたさ。……あんたは本当によく頑張ったよ。偉いね。だから今はもう休みな。――ここから先は、この私に任せな!」
「君、は……」
ジウスがその深い言葉に目を見開いた瞬間、私は最小限の魔力を込めた『手刀打ち』を、彼の首筋へと電光石火で叩き込んだ。
ストン、と糸が切れたようにジウスの身体が崩れ落ちる。私はその白い身体を、小さな腕でしっかりと受け止めた。
「聖騎士様がやられたぞ!?」
「化け物だ! あの黒髪のガキは化け物だァァ!」
総大将であるジウスが一撃で気絶させられたのを見て、帝国の軍勢は完全に戦意を喪失。大パニックに陥りながら、一斉にクモの子を散らすようにして撤退していった。
こうして、高収入バイトの一日目は、私の完全勝利で幕を閉じたのである。
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