第59話 黒い天災と、蜂蜜の価値
激突寸前の距離で互いの殺気をぶつけ合う中、リベリオがふと、その金色の瞳を細めた。
「『リザ』だと?……そうか、その黒い髪、てめぇ、『黒い天災』か」
リザは小さく息を吐き、困ったように肩をすくめてみせる。
「あんまりその二つ名を呼んでほしくないんだがねぇ……。ろくな思い出がないし」
「ハッ、まさかこんなところで本物に拝めるとはな!」
リベリオは獰猛に牙を剥き出しにすると、すぐに後方へと鋭い視線を飛ばした。安全圏からこちらの様子を伺っている裏切り者へ、怒りの咆哮をぶつける。
「ドノクスの野郎、よりによって人間なんかの手を借りやがって!獣人としてのプライドはねえのか!?」
リザは呆れ顔でチラリとドノクスを見た。
ドノクスはといえば、戦う気など毛頭ない様子で、両手をメガホンのようにして「リザさん!やっちゃってください!」と全力でエールを送ってきている。
リザは視線をリベリオに戻すと、やれやれと首を振った。
「あいつにプライドなんて期待するだけ無駄だよ」
「…………」
リベリオは一瞬だけポカンとした表情を浮かべ、ドノクスとリザを交互に見比べた。そして、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
「ハッ!ちげぇねぇ!あの野郎、昔っからそういう抜けたところがあったな!」
リベリオはにやついていた顔を引き締め、大剣を両手で力強く構え直した。その刃に、どす黒い闇属性の魔力が悍ましく絡みついていく。
「悪ぃな『黒い天災』。革命のため、いつかはあんたを倒さなきゃいけないと思っていたんだ。ここで死んでもらうぜ」
リザもまた、両拳を顔の前に掲げた。パチパチと弾ける光の魔力が、リベリオの闇を押し返していく。
「こっちも、蜂蜜漬けのために退くわけにはいかないんだよ」
「……蜂蜜だぁ!?」
命懸けの戦場で出たあまりに間の抜けた単語に、リベリオの額に青筋が浮かぶ。
「てめぇの墓石にたっぷりかけといてやるよッ!!」
リベリオの身体が爆発的な速度で踏み込んできた。猫獣人の瞬発力に闇の魔力の推進力が加わり、巨大な大剣がリザの脳天を目がけて一閃される。
リザはそれを紙一重でかわし、懐へと潜り込んだ。
「おらぁッ!」
リベリオの容赦のない追撃。大剣が横一線に戦場を薙ぎ払い、巻き込まれた地面が爆発するように弾け飛ぶ。リザは魔力を纏わせた両拳でその大剣の腹を正確に捉え、弾き、受け流していく。
金属音と魔力の破裂音が周囲の喧騒をかき消す。手数と速度のリザ、一撃の重さと手数のリベリオ。拮抗した最高峰の死闘。
だが、リザの拳がリベリオの武器へと集中していく。
「これで……終わり!」
リザの狙いは最初からリベリオの肉体ではなく、その大剣だった。蓄積した魔導拳の衝撃。リザが放った渾身のストレートが、闇を纏う大剣の芯を完璧に捉える。
キィィィン、と硬質な音が響き、リベリオの誇る大剣が、ガラス細工のように木っ端微塵に砕け散った。
「なっ……!?」
武器を失い、一瞬の隙が生じたリベリオ。
リザはその瞬間を逃さない。軸足を鋭く踏み込み、全身のバネを絞り出す。
今度は拳ではなく、その足へと全魔力を一気に爆発的に集束させた。
「ハァァァッ!」
リザは自ら頭から突っ込むように激しく縦に空中回転を放った。
遠心力と全魔力を乗せたその足が、巨大な斧のように上空から振り下ろされる。放たれたのは、一撃の――【胴回し回転蹴り】。
光の尾を引くリザのかかとが、リベリオの胴体を真上から叩き割るように完璧に直撃した。
「が、はっ……!?」
凄まじい縦の衝撃がリベリオの巨体を文字通り地面へと叩きつける。
革命軍をたった一人で勝利へ導こうとしていた漆黒の怪物は、受け止める術もなく、背中から戦場の泥へと深く沈み込んでいった。
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(次回更新:明日19時40分!)




