第56話 他力本願の誤算と、無自覚のオートカウンター
「私は助さんか!? それとも格さんか!?」
私は声を大にして激しいツッコミを炸裂させた。前世のアラフィフOLの魂が、このちゃっかり猫耳のあまりの丸投げっぷりに黙っていられなかったのだ。
「すけさんかくさん……? ……というか、その人間の子供は何だ?」
過激派革命軍の幹部イプコスが、私のツッコミに眉をひそめ、冷酷そうな金の瞳を怪訝そうに細めた。
だが、ドノクスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、さらにノリノリで胸を張る。
「フッ、お前ら、世界を震撼させた伝説の化け物――『黒い天災』の名前を知っているか?」
「知っているが……。いや、まさか……っ!?」
イプコスの鋭い猫耳がピクリと跳ね上がり、その顔に一瞬の戦慄が走る。
「そのまさかだ! ここにいるお嬢ちゃんこそが、あの『黒い天災』その人だ!」
ドノクスがこれ以上ないほどのドヤ顔で、バシッと私を指し示した。その姿は、まるで悪党の前に「この紋所が目に入らぬか!」と印籠を突きつける水戸黄門そのものである。
「いや、お前が格さん(印籠を出す役)かよ!!」
私の容赦ないセカンドツッコミが炸裂する。だが、ドノクスの誇らしげなドヤ顔とは裏腹に、幹部イプコスは一瞬の沈黙の後、青筋を立てて激昂した。
「――ハッタリだ! そんな人間の小娘が、あの規格外の化け物なわけがあるか! そのガキは気にするな! 出会え、出会えぃ! 脱走兵のドノクスを叩き斬れ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
イプコスの怒号に合わせ、周囲を囲んでいた数十人の武装兵士たちが、一斉にギラリと剣を抜いて突撃してくる。
「……え? あれ?」
ドノクスは、迫り来る兵士たちの群れと、後ろでスンとしている私を交互に見比べながら、完全に「話が違うじゃないか」という顔をした。どうやら彼は、自分が二つ名を明かした瞬間にイプコスたちが恐怖で平伏し、私が全自動で全員をドカンと吹き飛ばしてくれる未来を疑っていなかったらしい。
「リザ様ぁぁぁ!? やっちゃってくださいってば!!」
「嫌だよ。お兄ちゃんが格好よく前振りを決めたんだから、まずは自分の力で頑張りな」
「そんな殺生な――っ、うおっと!?」
他力本願のツケが回ってきたドノクスは、涙目で叫びながらも、襲いかかってきた兵士の剣を間一髪で弾き飛ばした。
多勢に無勢。完全に圧倒的不利な状況。……なのだが、そこは元革命軍の兵士。ドノクスは迫り来る刃を鋭い猫耳の聴覚で察知し、しなやかな身のこなしで次々と兵士たちの攻撃をいなし、鮮やかに反撃の刃を叩き込んでいく。驚くほどの大善戦だ。
「お? ドノクスくん、口だけじゃなくて意外とやるじゃないか!」
私は観客席の最前列に陣取るファンのような心境で、一気にテンションが跳ね上がった。しまおうとしていた心の中のパッションピンクのサイリウムをガシッと持ち直し、戦闘の躍動感に合わせてピコピコと振り始める。いいねいいね、頑張れお兄ちゃん!
そんなドノクスのガチ戦闘を、私がサイリウム(心の目)をぶんぶん振り回して大興奮で応援していた、その時だった。
スタスタと、私の方へ近づいてくる足音がひとつ。
見上げれば、完全にドノクスを部下に任せて暇になった幹部のイプコスが、私の前に立ちはだかっていた。
「で……この人間のガキは、一体何なんだ?」
私はサイリウムを振る手を止め、スンとすまし顔になって、冷たい目をイプコスに向けた。
「うるさいねぇ。今、お兄ちゃんのいいところなんだから、静かに見ておくれよ」
「チッ、口の減らないガキめ。まぁいい、人間の子供だろうと、工場でこき使う労働力(鉄屑運び)くらいにはなるだろう。来い!」
イプコスが傲慢に手を伸ばし、私のフリフリ秋服の肩を掴もうとしてくる。
だが、還暦越えのババアの戦闘本能を舐めてもらっては困る。私は上体をわずかに反らし、彼の蜘蛛の手のような指先を、ひらり、と紙一重でかわしてみせた。
「なっ……!? このガキ、避けたか……!?」
イプコスが目を丸くする。
その横では、ドノクスが鋭い咆哮と共に兵士の一人を叩き伏せていた。だが、その後ろから別の兵士が容赦なく刃を振り下ろす!
「お兄ちゃん、後ろ危ないよ!」
私の声に反応したドノクスが、猫さながらの驚異的な跳躍でその一撃を間一髪でかわす。
「おおおっ! ナイス回避さね!」
私は嬉しくなって、再び心の中のサイリウムをマッハの速度でぶんぶんと振り回した。
「くそっ! ちょこまかと鬱陶しいガキめ!」
イプコスがイラつきながら、再び私の手を掴もうと、今度は両手を大きく広げて掴みかかってくる。だが、私はステップを踏むようにして、またしてもひらり、ひらりと彼の攻撃を完璧に見切ってかわした。
その間にも、ドノクスは二人目の兵士を完全に戦闘不能に追い込み、三人目の兵士目掛けて、何やら剣に魔力を込めた「元兵士の必殺技」のような格好いい構えを繰り出し始めている。
「キタキタキターー! お兄ちゃんの覚醒イベントさね!」
私の脳内のサイリウムの回転は、もう誰にも止められない。最高に盛り上がってきたじゃないかい!
「そこだぁ! 捕まえたぞ!!」
ドノクスの必殺技に見惚れていた私の背後から、イプコスが今度こそ私を羽交い締めにしようと、全力の突撃で背後から飛び込んできた。
――その、瞬間だった。
バトルジャンキーとして長年培われ、数々の死線をくぐり抜けてきた私の肉体が、本人の意思とは無関係に『完全自動迎撃』を稼働させた。
背後から迫るイプコスの気配を感知した瞬間、私の右拳に、無意識のうちにドロリとした漆黒の闇魔力が一瞬で圧縮される。
右足を軸にして、コマのように鋭く身体を反転。遠心力のすべてを乗せた、魔力極大の『回転裏拳』が、イプコスの顔面の真ん中へと寸分の狂いもなく炸裂した。
ドッパーーーーーーーンッ!!!!
「ぶふぇっ!?」
空間が歪むほどの衝撃波と共に、イプコスの顔面が原型を留めないほどひしゃげた。
幹部イプコスの身体は、私の裏拳一発で文字通り人間の形をした砲弾へと変わり、工場の頑丈な鉄筋コンクリートの壁を「ズゴォォォォン!」と派手に突き破って遥か彼方の空へと消し飛んでいった。
キラーン、と、イプコスが星になって消えていく。
吹き飛んだ壁の穴からは、心地よい午後の爽やかな青空が覗いていた。
「………………………………え?」
あまりの出来事に、ドノクスが必殺技を構えた体勢のまま、顎が外れそうなほど口を開けて完全に硬直した。鉄屑を運んでいた妹ニーナや村人たち、そして残されていた革命軍の兵士たち全員が、武器を持ったまま石のように呆然と立ち尽くしている。
静まり返る工場の中。
放った右手の拳を見つめながら、私はぽつりと呟いた。
「……ありゃ?」
無意識とはいえ、ドノクスのせっかくの見せ場を、私の裏拳一発で完全に台無しにしてしまった。
すると次の瞬間、幹部が一撃で消し飛んだ現実をようやく理解した兵士たちが、血の気を引かせてガタガタと震え出した。
「イ、イプコス様が一撃だと……っ!?」
「あ、あの黒髪……! ハッタリなんかじゃない、本物だ!!」
「うわあああああ!! 『黒い天災』だああああああ!!! 逃げろォォォォッ!!!」
パニックを起こした兵士たちは一斉に武器を放り出すと、我先にと工場の出口へと逃げ回り、蜘蛛の子を散らすように消え去っていったのだった。
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