第54話 他力本願な猫獣人と、お約束の魔動拳リフォーム
パシフィカ王国の国境を越え、猫系獣人のみの国である『獣人国フェリニア王国』を隔てる巨大な国境検問所の前に、私たちはいた。
しかし、かつては平和な往来があったはずのその場所は、過激派革命軍の幹部『バロック・エルソルク』の手によって、巨大な黒鉄の防壁と、幾重ものトゲ付き鉄条網が張り巡らされた物々しい巨大要塞へと変貌を遂げていた。
「あれが革命軍の国境防壁だ……。完全に国が遮断されている。見張りも厳重だ、一体どこから潜り込む……?」
物陰から要塞を睨みつけ、ドノクスが元兵士らしい渋い顔でシリアスに悩んでいる。そんな彼の頭の上では、三角形の猫耳が警戒を怠らずピコピコと動いていた。そんな彼の横で、私は蜂蜜漬けの余韻に浸りながら、平然と言い放った。
「潜り込む? 何を面倒なことを言っているんだい。正面から問答無用で突っ切るよ」
「正面から突っ切る!? ――……そうか、あの『黒い天災』がそう言うのなら、それが一番確実で手っ取り早いな! よし、行こう!」
「うっ……。あんまりその恥ずかしい二つ名を連呼しないでほしいんだけどねぇ……」
ドノクスが何の疑いもなく、むしろめちゃくちゃ爽やかな笑顔で私の圧倒的武力を肯定してくれたので、私はちょっと顔を赤くして身を縮めた。前世のアラフィフOLの感覚からすると、中二病の極みみたいな名前を大声で呼ばれるのは公開処刑以外の何物でもないからね。
私が恥ずかしさに悶絶している間に、ドノクスはスタスタと物陰から出て、堂々と国境の門へと近づいていった。当然、防壁の上の見張りたちが即座に色めき立つ。
「おい、侵入者だ! ……待て、あの顔は……!」
「バロック様! 脱走兵のドノクスが戻ってきました!」
騒ぎを聞きつけ、防壁の上から一人の男がドヤ顔で姿を現した。過激派革命軍の幹部、バロック・エルソルク。奴もまた、この国を統べる者たちと同じ猫系獣人であり、しなやかな細身の肉体に鋭い猫耳をピンと立て、いかにも「冷酷なエリート」といった風に腕を組んでドノクスを見下ろした。
「ドノクス! この裏切者が! 革命の理想から逃げ出した腰抜けが、一体どの面を下げて戻ってきた!」
バロックの鋭い糾弾。対するドノクスも、一歩も引かずに胸を張って言い返す。
「バロック! 俺は革命の理想を忘れたわけじゃない! 俺は、虐げられてきた我ら獣人たちの、真の平和のために戻ってきたんだ!!」
(キタキタキターーー! 『かつての同胞との、歪んだ正義と真の平和を巡る熱い舌戦』! ラノベの新章突入時の国境突破イベントとして、これ以上ない格好いい前振りじゃないかい!)
私は大喜びで、心の中のパッションピンクのサイリウムを両手に一本ずつ用意し、彼らの背後で待機モードに入った。さあ、ここから泥臭く互いの哲学をぶつけ合うシリアスな会話が始まるよ!
「真の平和だと? 笑わせるな! 弱腰の王国軍に代わり、世界を力で支配することこそが革命軍の掲げた大義! 痛みを伴わぬ変革などおままごとだ!」
「力による支配の先に、何が残るというんだ! 現に故郷の村の奴らは、お前たち幹部の私欲のために強制労働させられているじゃないか! それのどこが平等な世界だ!」
「フン、大いなる目的のための多少の犠牲は不可避。お前のような甘い思想の持ち主がいたからこそ、我ら獣人は長年人間に蔑まれてきたのだ。歴史を変えるには、圧倒的な恐怖と武力が必要なのだよ!」
「恐怖で縛った世界が長続きするはずがない! 俺はリベリオの、あの男の狂気を止めるために――」
二人の激しい、そして恐ろしく長い言い合いが、国境の荒野に延々と響き渡る。……のだが。
あまりにも二人のシリアスな会話が長々と続き、やれ大義だの、やれ歴史の変革だのと、同じような組織の思想論争がループし始めた頃。
私はすっかり腕が疲れてしまい、掲げていたサイリウムをそっと床に置いた。
(長っ……。まだ喋るの? ババア、もう立ち話に飽きちゃったよ……。早く次のハチミツ漬けの場所に行きたいんだけどねぇ……)
手持ち無沙汰になった私が、地面の砂を足の先でいじり始めた、その時だった。
ドノクスがふと、何食わぬ顔で後ろを振り返った。
「……? リザ様?」
「ん? 何だい?」
私は小首を傾げた。
するとドノクスは、さっきまでバロックと命懸けの議論を交わしていた熱い表情を一瞬で消し去り、実にあっさりと、当たり前のような口調でこう宣ったのだ。
「いや、お願いしますよ。早くそこのバロックと防壁を、いつものやつでドカンと倒してください」
「………………………………は?」
私は完全にフリーズした。
よく見ればドノクスくん、自分の武器すら抜いていない。バロックを指差し、まるで「あそこのゴミを片付けておいて」と言わんばかりの、あまりにも自然なアゴでの指図である。
(こ、こいつ……っ!! 完全に他力本願だねぇ!!!)
命懸けのシリアスな会話を延々と長引かせていたのは、私のためのファンサービスでも何でもない! 単に自分が戦う気すら一ミリもないから、私がしびれを切らして前に出るのを待っていただけじゃないかい! 自分が『黒い天災』の案内人になったと勘違いして、最初から私を「全自動拠点破壊兵器」としてコキ使う気満々だよ!
「おいドノクス! 貴様、戦いの最中に後ろのガキと何をコソコソと――」
置いてけぼりにされてイラつく防壁の上のバロック。
「あぁ、もう分かったよ! 人を全自動リフォーム業者みたいに使うんじゃないよ、このちゃっかり猫耳め!」
私は怒りのままに一歩前に踏み込み、右の拳にありったけの闇魔力を圧縮した。
「実家に帰りたいお兄ちゃんの邪魔をするんじゃないよォォォォッ!!」
怒りのままに放たれた、全力の『魔動拳』。
ドッパァァァァァァァンッ!!!!
私の拳から放たれた漆黒の巨大な魔力波動は、バロックが誇る黒鉄の巨大な防壁を、正面から砦ごと、鉄条網ごと、文字通り消しゴムで消すかのように一瞬で巻き込んで爆発四散させた。
大義だの変革だのを叫んでいたバロック幹部も含め、防壁の上の見張りたちがまとめて一撃で遥か彼方の空へと吹き飛び、星となって消えていく。
「な……っ!? 我が鉄壁の国境防壁が一瞬で……!?」
遥か上空から聞こえるバロックの悲鳴を聞き流しながら、私はパッパと手を振り、何もない綺麗な更地へとリフォームされた国境を見渡した。
しかし、そんな私の背後では、国境の巨大要塞が文字通り一瞬で更地になった光景を前に、ドノクスが顎が外れそうなほど口を開けて唖然と固まっていた。彼の自慢の猫耳も、恐怖と衝撃でガタガタと震えている。
「……国境が、一瞬で更地になった……!? 噂以上、いや、噂なんて生温いほどの天災じゃないか……っ!!」
「さあ、ドノクスくん。邪魔な壁は片付けたからさ、さっさと故郷の村まで案内しな!」
私がニヤリと笑って振り返ると、他力本願だった猫獣人は、今度は全力でコクコクと首を縦に振るのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




