第53話 ハチミツ漬けの誘惑と、黒い天災の宣戦布告
「あぁ……買ってくれたお礼に、少し話をしてもいいか?」
猫獣人の男は、私が大事に抱えたガラス瓶を見つめながら、寂しげに猫耳を伏せた。
「お嬢ちゃんは……獣人国フェリニア王国で、大きな革命が起きたのを知っているか?」
「知らないねぇ」
私は生返事をしながら、マジックバッグに仕舞おうとしていたハチミツ漬けの瓶をじっと見つめていた。
(うぅ、蓋を閉めちゃったけど……あの濃厚クリーミーなコクが忘れられないよ。もう一個……いや、あと一個だけなら今食べちゃってもバチは当たらないよねぇ?)
私の頭の中がキラービーの幼虫でいっぱいになっているのを知る由もない男は、遠い目をしながら重々しい声を絞り出した。
「俺は、その革命軍の元兵士だったんだ。……獣人は昔から、人間たちに差別され、虐げられてきた。だから俺は、革命軍の『うだつの上がらない王国軍に代わり、我ら獣人の平等な世界を実現させる』という気高い理想に賛同して、自ら志願して参加したんだがね……」
「ふーん」
(よし、決めた! ババアに我慢は身体に毒だからね、もう一個だけ食べちゃおう!)
「だが、革命軍は徐々に過激化していった。その刃の矛先は、人間だけでなく、自分たちの理想に賛同しないだけの、穏健派の同じ獣人の人々にまで及び出したんだ……」
「それは酷いねぇ」
私は「うんうん」と頷きながら、瓶の蓋を再びパカッと開けた。男の語るダークファンタジーな組織の闇よりも、目の前の極上ハチミツの香りの方が私にとっては大問題なのだ。
「信じられるか? 獣人の未来のために立ち上がったはずの革命軍が、今では同じ獣人を脅し、苦しめているんだぞ……っ!」
男は悔しさに拳を震わせる。
「だから俺は、そんな外道どものやり方についていけなくなって、命懸けで組織を逃げ出したんだ。……今では王国軍からも、革命軍からも裏切り者として追われる身さ」
「そっかぁ」
スプーンで親指大のぷっくりとした幼虫を、優しく壊さないようにすくい上げる。
「故郷の村に残した十二歳の妹だけが気がかりだが……戻れば確実に殺される。俺には、もう戻る場所なんて無いんだ」
ドノクスはぽつりと、絶望に満ちた涙声を漏らした。
「だから、こうやって人間の街の片隅で、虫の保存食を売って泥臭く逃亡資金を稼いでいたのさ……」
その哀しいセリフと同時に、私はすくい上げた幼虫をパクリと口に放り込んだ。
ぷちり。
「んんんん~~~~っ!!! 美味い(二回目)!!!」
口いっぱいに広がる、白子のような濃厚なコクとハチミツの至高のハーモニー。あまりの旨味の大洪水に、私は頬を押さえてうっとりと恍惚の表情を浮かべた。脳内ではまたしてもパッションピンクのサイリウムが超高速で激しく回転を始めている。
「……って、お嬢ちゃん、全然聞いてないな?」
男が呆れたように猫耳をヘタらせ、ジト目で私を見てきた。
「聞いてるよぉ。大変だったねぇ」
私はとろけそうな恍惚の顔のまま、コクコクと頷いた。
「はは、すまない。子供相手につまんない暗い話を聞かせちまったな」
男は自嘲気味に笑い、布の上の商品を片付けようとする。しかし、旨味の余韻に浸りながら、私は首をブンブンと横に振った。
「つまらなくなんてないさね。……それよりお兄さん、こんなに美味しい物が、その革命軍ってやつのせいで二度と手に入らなくなるなんて、私は絶対に嫌だよ?」
「そう言われてもな。フェリニアの情勢が落ち着くまでは、仕入れなんて逆立ちしたって無理だ」
「ようはさぁ」
私はパッパと手を払い、据わった目を男へと向けた。
「その邪魔な革命軍ってやつを、私が根こそぎ綺麗に潰しちゃえばいいんだろ?」
「……は? いや、無理に決まっているだろう!」
男は私のあまりの暴論に、目を丸くして大声を上げた。
「革命軍のリーダー、リベリオは『最強の獣人』と恐れられる怪物だぞ!? あいつの圧倒的な武力の前には、王国軍の精鋭部隊が束になってかかったって一瞬で消し飛ぶんだ!」
(最強の獣人、人間への憎悪、精鋭部隊を圧倒する武力……。キタキタキターーー! これまたラノベの章ボスとして、一〇〇点満点中の二〇〇点な完璧すぎる中二病設定じゃないかい!)
私の脳内オタクレーダーが、歓喜の警報を大音量で鳴り響かせる。
バトルジャンキーとしての私の血が、ドクドクと熱く疼き始めた。
「へぇ、そんなに強いんだ。なら、是非ともその若造と手合わせ(組手)をしてみたいねぇ! よしお兄さん、商談成立さね。そのリベリオってやつの本拠地まで、私を案内しな!」
「君はさっきから何を言っているんだ……!? 」
男は完全に頭を抱え、フリフリ秋服を着た十二歳の私を見てドン引きしている。
「お兄さん。『黒い天災』って名前、聞いたことはないかい?」
私の問いかけに、男の猫耳がピクリと跳ね上がった。
「黒い天災……? ああ、もちろん聞いたことがある。あの伝説の規格外の化け物だろ。……確かに彼女ほどの英雄なら、リベリオにも勝てるかもしれないが……それがどうしたんだ?」
私はニヤリと不敵に笑うと、親指でグッと自分を指し示した。
「それ、私だよ」
「――なっ!?!?!?!?」
男は弾かれたように勢いよく立ち上がり、背中の毛を逆立てて驚愕の悲鳴を上げた。
「き、君が、あの『黒い天災』……っ!? そ、そうか……確かに、世界を震撼させたという特徴的な黒髪。そして十二歳前後の大公の女の子という噂とも、完全に合致している……っ!!」
男はゴクリと固唾を呑み、己の非礼を恥じるように居住まいを正すと、胸に手を当てて深く一礼した。
「……失礼した、リザ大公。俺の名前はドノクス・カブリア。元革命軍のしがない兵士だ。伝説の『黒い天災』が力を貸してくれると言うなら、これ以上の希望はない……!」
「ドノクスくんね。話が早くて助かるよぉ」
私はマジックバッグに極上のハチミツ漬けの瓶を大切に仕舞うと、バキバキと拳を鳴らした。
「んじゃ、さっそくそのフェリニア王国へ向かうとしようじゃないか! 」
待ってろよ過激派革命軍。その歪んだ理想ごと、私が綺麗さっぱり更地にしてあげるからねぇ!
美味しいハチミツ漬けの安定供給(老後の楽しみ)を守るため、還暦越えのババアによる、お説教活動の幕が今ここに上がったのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




