第52話 異世界の贅沢グルメと、猫獣人のワケあり露店
海賊同盟の艦隊やアジトをまとめて綺麗な更地へとリフォームしてから、早いもので一ヶ月が経った。
あれほど猛威を振るっていた夏の暑さはどこへやら、朝晩はすっかり冷え込むようになり、パシフィカの港町にも秋の気配が訪れている。
「はい、リザちゃん。今日もべっぴんさんだねぇ、リンゴおひとつどうぞ!」
「ありがと、おばちゃん! いつも助かるよぉ」
いつもの果物屋の優しいおばちゃんから、真っ赤に実った瑞々しい秋のリンゴを一つ分けてもらい、私はそれをシャリリと齧りながら、フリフリの長袖の秋服を揺らしてのんびりと雑談を楽しんでいた。
パシフィカ軍の凸凹コンビが、新しく入ってきたルキノくんと一緒に『全員中尉の地獄のギクシャクトリオ』を結成して毎日残業に追われているのを、安全圏から眺めるのは最高の退屈しのぎだったけれど……さすがに一ヶ月も平和が続くと、元オタクの私の身体は新しい「ラノベ的刺激」を求めて疼き始めていた。
「ねぇおばちゃん。この街のギルドとかに、何か面白い求人広告(スカッとする傭兵の仕事とか、大物の賞金首の情報とか)は無いのかい?」
「あるわけないでしょぉ、平和が一番よ」
おばちゃんは苦笑いしながらも、ふと思い出したように、広場の隅の寂れた一角へと視線をやった。
「あ、でもね……。あそこの人がちょっと面白い物売ってるわよ。リザちゃん、退屈ならちょっと覗いてみてごらん」
「へぇ、面白い物ねぇ……」
おばちゃんに御礼を言い、手元のリンゴを綺麗に美味しく完食してから、私はそのお勧めの場所へと足を向けた。
一風変わったその露店には、確かに目を引く特徴があった。店主の頭の上に、ピコピコと動く三角形の愛らしい「猫の耳」が生えているのだ。さらに、お尻のあたりからはしなやかな尻尾が伸びている。
(おぉ……品評会レベルの『猫系の獣人』じゃないかい! この世界に来てから、本物の獣人を見るのはこれが初めてだよ! あの可愛い獣人国の人(猫)がどうしてパシフィカにいるんだい!?)
私の脳内オタクレーダーがピクリと反応する。
だが、その猫獣人の男が地面に広げた布の上を覗き込んだ人間の大人たちは、誰も彼もが青ざめた顔をして、即座に回れ右をして走って引き返していた。
近づいた私も、その並べられた売り物を一目見て、スン……と冷え切った目を向けた。
(あぁ……。こりゃあ、普通の人間相手には売れないわ……)
布の上に並べられていたのは、カラカラに乾燥した百足の燻製や、見たこともない巨大なゲジゲジの塩漬けなど、どこからどう見ても『虫系モンスターの保存食』ばかりだった。いくら猫獣人にとっては普通の食べ物でも、人間の文化圏でこれを広げたらただのゲテモノショップ扱いされても文句は言えない。
「やっぱり売れないか……」と、ガッカリした様子で猫耳をヘタらせる男。
かわいそうにねぇ、と思いつつ、私もその場を離れようとした――その瞬間だった。
布の隅に置かれた、一つの透明なガラス瓶が、私の視界に飛び込んできた。
琥珀色の美しい液体のなかに、ぷっくりと丸々と太った、親指大の巨大な「芋虫」のようなものがぎっしりと敷き詰められている。ラベルには『キラービーの幼虫』と書かれていた。
「……………………はっ!?」
私は思わず、そのガラス瓶を二度見、いや三度見した。
(嘘でしょ……っ!? キラービーの幼虫の、蜂蜜漬け……だと!?)
周囲の人間が見れば、ただの「でっかい蜂の幼虫のゲテモノ」だろう。だが、前世でアラフィフ独身OLとして生きていた私にとって、これは全く別の意味を持つ。
前世の私は、美容と健康、そして何より最高の「嗜好品」として、長野県名物の高級食材『蜂の子の蜂蜜漬け』を好んでお取り寄せしてはちびちびと食べていたのだ。
あの濃厚なコク、独特の旨味……。ただでさえ前世で高級品だったのに、この世界では一匹一匹が『親指大』という規格外のメガサイズである。こんなの、元蜂の子マニアの私からすれば、最高峰のウルトラ贅沢グルメに他ならないじゃないかい!
私は我慢できなくなり、猛烈な勢いで露店の前にしゃがみ込み、猫獣人の男にガラス瓶を突き出した。
「お兄さん! これ、このハチミツ漬け、いくらだい!?」
「うわっ!? あ、あぁ……」
突然、目が血走った十二歳児に詰め寄られた男は、ビクッと猫耳を直立させて驚きながらも、困ったように頭を掻いた。
「人間には売れないと思ってたんだが……。そいつは貴重だからな。……120……いや、100ゴールドでどうだ?」
「買った!!」
私は即座に、マジックバッグからキラリと光る100ゴールド硬貨を引っ掴んで男の手へと握らせた。端数の値引き交渉なんて野暮なことはしない。
そしてガラス瓶の蓋を勢いよくパカッと開けると、マジックバッグからマイ箸ならぬ「マイスプーン」を取り出し、琥珀色のハチミツを纏った親指大の幼虫を、贅沢に丸ごと一本すくい上げた。
「お、おい、お嬢ちゃん? まさかその場で――」
男の制止も聞かず、私はそれを一気に口の中へと放り込んだ。
奥歯でぷちりと、キラービーの柔らかな皮が弾ける。
その瞬間、口いっぱいに広がったのは、キラービーが好む極上の花のハチミツの濃厚な甘味。そして何より、蜂の子特有の、まるで高級なナッツやクリーミーなタラの白子を極限まで凝縮したような、凄まじいコクと旨味が脳髄を直撃した。
「~~~~~~っ、美味い……っ!! 美味すぎるよォォォッ!!」
あまりの旨味の暴風雨に、私の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。美味い。前世で食べていたものより何十倍も濃厚だ。心の中のサイリウムが、激しいパッションピンクの光を放ちながらマッハの速度で回転を始める。
「な、なんだぁ……?」
「おい、あのリザ大公が、露店で泣きながら芋虫を貪り食ってるぞ……っ!」
「美味しい……っ! 幸せだねぇ……!」と涙を流してスプーンをペロペロ舐める私に対し、猫耳の男は完全に引き気味に身体をのけぞらせ、遠巻きに見ていた港町の大人たちは「ついにあの戦女神の精神が崩壊した」とばかりに、ガタガタと震えながらドン引きしていた。失礼な若造どもだね、これが大人の味というものさ。
私はハンカチで涙を拭い、ガラス瓶を大切に抱きしめて男に深く頭を下げた。
「お兄さん、本当にありがとう。今世でこんな最高の贅沢品を食べられるとは思っていなかったよ。還暦を過ぎたババアの五臓六腑に染み渡る、至高のグルメさね」
「あ、あぁ……。そこまで喜んでくれて嬉しいよ、うん……」
男は引きつった笑みを浮かべながらも、少し調子を取り戻したように他の乾燥トカゲやゲジゲジの塩漬けを指差した。
「どうだ、お嬢ちゃん。そんなに虫が好きなら、こっちの『ジャイアントセンチピードの足のサクサク揚げ』も美味いぞ? 安くしとくよ」
「それは結構!!」
私は間髪入れずに、すんごい良い笑顔できっぱりと断った。
蜂の子は好きだけど、ただのゲテモノモンスターをバリバリ食う趣味は一ミリもないからね。
「あはは……。だよな、やっぱり人間相手にこれは売れないよな」
男はふっと自嘲気味な笑みを浮かべ、寂しそうに猫耳をパタパタと寝かせた。
「まぁ、確かにねぇ。私のいたところでも、見た目に抵抗があって食べられない人間は多かったよ。……それよりお兄さん、このキラービーの幼虫の蜂蜜漬け、まだ在庫はあるかい? あるなら全部私が買い占めるよ!」
私の切実なおねだりに、男はさらに表情を曇らせ、海の向こうの遥か遠くを見つめた。
「いや、もう無いんだ。そいつが最後の瓶さ。……俺の故郷に戻れば、いくらでも手に入るかもしれないんだがな……」
ピコーン。
男のその寂しげな呟きを聞いた瞬間、私の脳内オタクレーダーが、本日一番の強烈な音を立てて反応した。
間違いない。この陰のある表情、故郷に戻れない哀しい身の上。新章の第一話の後半で必ず出てくる、主人公を新しい国へと導くためのナビゲーターキャラのテンプレだ。
私は据わった目を猫耳の男へと向けた。
「お兄さん。……何か、わけありかい?」
美味しいハチミツ漬けがこれ以上手に入らないなんて、私の今後の老後の楽しみに関わる重大な案件だからね。話次第によっては、還暦超えのババアがちょっと力を貸してあげてもいいよ?
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(次回更新:明日19時40分!)




