第48話 縛られた不殺と、無効化を打ち破る基本の正拳突き
小型船がジーニスの巨大な黒鉄のアジトの桟橋へと強引に乗り上げた瞬間、私たちはその最悪な光景を目の当たりにすることになった。
「ひゃははは! 待っていたぞ、ルキノぉ!」
砦の広場で私たちを待ち受けていたのは、全身に不気味な鎖を巻き付けた男――『縛鎖のジーニス』だった。そして奴の背後には、首に鉄の枷を嵌められ、ボロボロの衣服を着せられた男女が何十人も鎖で繋がれて床に転がされていた。
「あ、ああ……! みんな、無事だったのか……っ!?」
ルキノが船首から飛び降り、歓喜と驚愕の声を上げる。
しかし、ジーニスはその繋がれたクルーたちの首元の鎖を乱暴に引っ張り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。
ルキノが船首から飛び降り、歓喜と驚愕の声を上げる。
しかし、ジーニスはその繋がれたクルーたちの首元の鎖を乱暴に引っ張り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。
「無事? 冗談言うなよルキノ。こいつらは今日から俺の奴隷だ。ほら、一歩でも動いてみろ。お前が不殺だの何だのと綺麗事を抜かしている間に、こいつらの首を一瞬で跳ね飛ばしてやるからな!」
「貴様……っ!!」
ルキノの動きがピタリと止まる。家族同然の仲間を盾にされ、不殺を誓った男の双剣が、絶望のあまりガタガタと震え出した。
「う……船長……すみません……っ」
「船長……! 私たちのことは気にせず逃げて……生きてください……!」
ボロボロになったクルーたちが、涙を流しながら必死に叫ぶ。自分たちの存在が、大好きな船長の足を引っ張っていることが悔しくて堪らないのだろう。
「馬鹿野郎……! お前たちを置いて、俺だけが生き延びてたまるか……!」
ルキノは歯を食いしばり、悔し涙を砂に落とす。まさにダークファンタジーの絶望の極み、完璧なまでのシリアス展開だ。
(うわぁぁぁ、最悪だねぇ! 仲間の命を縛り上げて主人公の自由を奪う、ラノベの悪党として満点以上の胸糞悪いテンプレ手段じゃないかい! でも、そのクルーたちの健気なセリフ、元オタクとしては涙腺が緩んじゃうほど一〇〇点満点だよ……!)
動けないルキノをいたぶるため、ジーニスの背後から筋肉モモリの巨大な男――『金剛のジャルヴァ』が、重い足音を響かせて無慈悲ににじり寄ろうとした、その時だった。
「おいおい、泥棒の分際でずいぶんと偉そうな大層な構えじゃないかい。そこの無駄にデカい大男、あんたの相手は私がしてあげるよ」
フリフリの水着の裾を揺らしながら、私はルキノの前にひょっこり一歩踏み出し、生意気な笑みを浮かべて巨漢を見上げた。
「あぁ? なんだその水着のガキは。俺の相手だと?」
ジャルヴァは私を見下ろし、鼻で笑うと、その肉体から大地を震わせるほどの強烈な地魔力を全開に溢れ出させた。
「ひゃははは! 面白い、そうか、ほれほれ、殴っていいぞお嬢ちゃん!」
ジャルヴァは両手を広げ、完全に無防備な姿勢で私を挑発してきた。
「俺の『金剛』はあらゆる魔法も魔力をまとった物理攻撃も完全に無効化する絶対防御だ! ただし――俺に傷一つつけられなかったら、その可愛い身体ごと奴隷市場へ売らせてもらうけどなぁ!!」
「ギャはははは!」
「言ったれジャルヴァの兄貴!」
周囲の海賊たちが、私の負けが確定したかのようにゲラゲラと下卑た笑い声を響かせる。
(ほうほう、魔法も、魔力を乗せた物理も無効化ねぇ。ラノベの脳筋系絶対防御キャラの、これまた一〇〇点満点のドヤ顔テンプレ台詞じゃないかい。なら――)
「そうかい。じゃあありがたく、年長者の一撃を殴らせてもらうよ」
私はスゥ、と静かに息を吐いた。
闇魔力も何も使わない。ただ前世で何万回、何十万回と繰り返した空手の基本の型。腰を深く落とし、右の拳を脇へと引く。十二歳児の非力な身体。けれど、前世の知識と日々のトレーニングで培った、純粋な肉体の連動、術格の粋を極めた――魔力ゼロの、ただの基本の『正拳突き』を、ジャルヴァの無防備なみぞおちへと正確に突き刺した。
ドスッ。
放たれたのは、私側からは魔力も風圧もない、驚くほど静かな手応え。しかし次の瞬間、ジャルヴァの肉体が『く』の字に折れ曲がった。
「が、はっ…………あ…………?」
魔法も魔力物理も無効化する彼の『金剛』だが、それは裏を返せば「魔力の一切混じっていない、ただの純粋な物理攻撃」に対しては、防御能力が一切発動しないという致命的な盲点があったのだ。十二歳児の拳とはいえ、骨と筋肉の連動によって一点に集中され、体内へと浸透した格闘家の衝撃(浸透勁)は、巨漢の内臓を一瞬で揺るがす。
そして、その衝撃によってジャルヴァが纏っていた「全開の絶対防御の地魔力」の制御が、一瞬にして完全に崩壊した。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
次の瞬間、行き場を失って大暴走を起こしたジャルヴァ自身の膨大な地魔力が、彼のお腹の真ん中で大爆発を起こしたのだ。
凄まじい大爆発の衝撃波を真面に浴びたジャルヴァの山のような肉体は、文字通り大砲の弾となって真後ろへと吹き飛んだ。アジトの頑丈な黒鉄の防壁を三枚ブチ抜き、遥か彼方の山の斜面へと頭から激突。山を丸ごと一つ陥没させ、激しい土煙を巻き上げながら一撃で失神して白目を剥いた。
「「「……………………は?」」」
周囲のゲラゲラ笑っていた海賊たち、そして人質を取ってドヤ顔をしていた縛鎖のジーニスまでもが、完全に顎が外れそうなほど口を開けて唖然と固まった。
そりゃそうだ。魔法も物理も無効化するはずの絶対防御が、ただのフリフリ水着の十二歳児のパンチ一発で、自分の魔力を大爆発させられて山を引っ返すレベルで粉砕されたのだから。
「ふぅ。無効化なんて大層な名前をつけてるけどさぁ、ただの偏った魔力障壁だろ? 前世の空手の浸透勁の前には、そんな不完全な防御、自分の魔力に自滅させられるだけなんだよ」
私はパッパと右手の砂を払い、腰を抜かしかけているジーニスと、残りの海賊たちに向かって、声を張り上げて不敵に言い放った。
「よし! 邪魔な壁は片付けた! ここは男らしく、一騎打ちといこうじゃないか!」
「ひっ……!? な、お、お前なんかと戦えるかァァァッ!!」
ジーニスは恐怖のあまり顔面を蒼白にし、鎖を投げ捨てて悲鳴を上げた。そりゃそうだ、戦ったら次の瞬間に自分が山ごと更地にされる。
しかし、私はやれやれと首を横に振った。
「勘違いしないでおくれよ、若造。私の出番は今ので終わりさね。あんたの相手は、そこにいるルキノくんだよ」
「え……?」
ジーニスと、そしてルキノが同時に呆気に取られた声を上げる。
「もしルキノくんが負けたら、今日のところは私、このまま大人しく帰らせてもらうから安心しな。私はただの、防犯意識が高い見届け人さね。さあ、宿敵同士、心置きなく残業(一騎打ち)を始めな!」
私がニヤリと凶悪に笑って腕を組むと、ジーニスは「な、なんだと……?」と、私という理不尽な天災が襲ってこないことに、信じられないといった風に狂気的な希望の目を向けた。
「ルキノ……! あの化け物が手を出さないと言うなら、お前など恐るるに足りんわ!」
「……リザ、感謝する。お前が整えてくれたこの舞台、絶対に無駄にはしない!」
クルーたちの束縛が解け、ルキノの双剣に再び宿命の炎が灯る。
こうして、不殺と縛鎖、真逆の信念を持つ二人の男の一騎打ちが、私の粋な(オタク的な)プロデュースによって、今ここに開幕した。
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(次回更新:本日21時40分!)




