第45話 今世初の深刻な被ダメージと、不器用な国軍の赤面
「んじゃ、さっそく小型船でも借りに行こうかねぇ。――っと、その前に」
パラソルの下、不殺のルキノとの『復讐の商談』を成立させた私は、ビーチチェアから立ち上がると手元に視線を落とした。そこには、二杯目のいちごかき氷がまだ半分ほど残っている。
居残りでダラダラ残業する(今日中に海賊を片付けられない)のは大嫌いだが、食べ物を無駄にするのはもっと大嫌いなのだ。還暦を超えた精神を独身OLのサガとして、出されたものは綺麗に平らげるのが鉄則である。
「よし、一気に片付けるよ!」
私はスプーンを放り出すと、カップを両手で掴み、残ったいちご氷をごくごくと口の中へ一気に流し込んだ。
シャリシャリとした冷たさが喉を通り過ぎ、あぁ美味いねぇ、と思った次の瞬間だった。
ピキィィィィィンッ!!!!
「……っっっ!!??!?」
突如として、私の脳天を割るような凄まじい衝撃波が駆け抜けた。
こめかみの奥が万力でギチギチと締め付けられるような、凄まじい激痛。目の前がチカチカと明滅し、視界が急激に歪んでいく。
(つ、冷てぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!? いや、痛てぇぇぇぇぇ!!! 何だいこれは、前世の満員電車で足を踏まれた時よりも、空手の試合で強烈な上段蹴りを喰らった時よりも、遥かに深刻なダメージじゃないかい!!!)
「ふぐぅぅっ……! う、うぅ……っ!!」
私は両手でこめかみを強く押さえ、砂浜の上にゴロゴロと転がりながら悶絶した。
異世界に転生して以来十二年、いかなる魔法も物理攻撃も私の肌を傷つけることはできなかった。世界の脅威と恐れられた『終焉の凶刃』の剣ですら無傷ではじき返したこの私が、まさかいちごかき氷の一気食いごときに、今世初の最大級の肉体的ダメージ(致命傷寸前)を負わされるなんて誰が想像しただろうか。
あまりの激痛に涙がボロボロと溢れ、フリフリの水着のまま砂浜でエビのように丸まってピクピクと震える。
「お、おい……大丈夫か……?」
さっきまで復讐鬼のようなシリアスなオーラを放っていた不殺のルキノが、完全にドン引きした顔で私を見下ろしていた。そりゃあそうだろう。さっきまで海賊船をワンパンで沈めていた伝説の『黒い天災』が、かき氷に敗北して砂浜でのたうち回っているのだから。
五分ほど経ち、ようやく血管の縮小が収まって痛みが引いてきた。
私は涙目で、真っ赤になった鼻をふんふんと荒く鳴らしながら、海の向こうの水平線をキッと睨みつけた。
「……海賊どもめ、もう絶対に許さないからね!!」
「いや、俺たちのせいじゃないだろう……」
ルキノの至極真っ当なツッコミを無視し、私は理不尽な怒りをすべて海賊同盟へと叩きつけることに決めた。すべては私のかき氷を邪魔したあいつらが悪いのだ。
パシフィカ海軍の港へとやってきた私は、ボロボロの旗艦の甲板で戦後処理に追われていた凸凹中尉コンビの元へと、ルキノを連れてズカズカと乗り込んだ。
「おーい、エインくんに頑固親父さん! 海賊どものアジトへのガイド役を連れてきてあげたよー!」
「リザ様!? ガイド役とは一体――」
私の声に振り返ったエイン中尉とベンダー中尉だったが、私の後ろに立つ男の姿を捉えた瞬間、二人の顔から完全に血の気が引いた。一瞬にして、甲板の空気が張り詰めたシリアスなものへと変貌する。
「貴様ッ! 『不殺のルキノ』ッ!! なぜ海賊の首領がここにいる!?」
「キャプティ殿下を再び危機に陥れる気か! 覚悟しろ悪党め!」
ジャキィンッ!と息の合った動きで、魔法剣と軍刀を同時に引き抜き、ルキノへとにじり寄る二人の凸凹中尉。
「何をやってるんだい、この若造どもがァ!!」
ポカッ! ポカッ!!
「ぶふっ!?」
「がはっ!?」
私は二人の間へと一瞬で踏み込み、その脳天へと容赦のないゲンコツを叩き込んだ。世界を滅ぼしかけた軍勢を沈めた拳である。手加減したとはいえ、二人は白目を剥いて甲板へ崩れ落ちそうになり、慌てて頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「痛っ……! な、何をされるのですかリザ大公! そいつは指名手配中の凶悪な海賊――」
「うるさいよ、せっかくアジトの場所を知ってるガイド役を自席(砂浜)でスカウトしてきたのに、何をするつもりだい。良いからさっさと、あっちに停泊してる快速小型魔導船を用意しな」
私が大公の権限(リアルな圧力)をチラつかせながら指差すと、ベンダー中尉が必死に頭を振った。
「海賊なんて信用できません! 罠かも知れないのです。リザ様、どうしても行かれるというのなら、我らもお供します!」
「そうですよ! 凸凹中尉コンビの力、今こそお見せします!」
「あんたらまで来たら、誰がこの手薄な港を守るんだバカ! 何度も言わせるんじゃないよ。いいからさっさと、小型船を用意しな!」
私のドスの利いた還暦超えの怒声に、二人はビクッと肩を震わせ、
「は、はっ……ただいま……」
と、しぶしぶ小型船の鍵を取りに走っていった。全く、これだからお役所仕事の心配性は困るよ。
しばらくして、完璧に整備された小型魔導船が用意された。タラップを上がり、船へと乗り込む私とルキノ。
するとルキノは、船を出す直前、甲板から悔しそうにこちらを睨みつけているエイン中尉とベンダー中尉の二人を見下ろし、口元に「フッ……」と、皮肉げで、どこか優越感の混じったシリアスな笑みを浮かべてみせた。
「…………っ!!」
国軍としてのプライドを完全にへし折られた二人の中尉は、黙ったまま顔を真っ赤にして拳をワナワナと震わせている。昨日まで敵対していた海賊の男に、自分たちの無能さを嘲笑われたのだ、恥ずかしさの極みだろう。
「おい、元船長さん。誰の船でそんな格好つけてんだい。さっさと出発しな!」
「あ、ああ……すまない」
私のツッコミに、ルキノは慌てて操縦桿へと向かった。
小型船が激しい水飛沫を上げて港を出発し、爆速で海原へと滑り出す。
ルキノは真剣な目で前方の海を見据えながら、低い声で私に告げた。
「……まずは、ここから一番近いアジトへ向かう。そこは切り立った断崖の孤島だ。そこにはおそらく、同盟の幹部である『断罪のジェニラム』と『老雄のディエン』の二つの船団がいる。二人共、修羅場を潜り抜けてきたベテランの海賊だ。……リザ、絶対に油断するなよ」
復讐に燃えるルキノの、重厚でシリアスな忠告。
だが、私は船首に仁王立ちになり、フリフリの水着を風に揺らしながら、不敵に鼻をふんふんと高く鳴らした。
「誰に言ってるんだい。居残りでダラダラ残業するのは大嫌いなんだ、今日中に全部まとめて更地(平地)にリフォームしてやるからさ、さっさと全速前進でお付けしな!」
「き、今日中に全部だと……!?さっきも言っていたが本気なのか!?」
ルキノが唖然とする中、私たちの快速小型船は、最初の獲物が待つ秘密のアジト(孤島)へと、猛スピードで肉薄していくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「ちょっと面白いかも」「続きが気になる」と思ってくださったら、画面下の【ブックマークに追加】や、【評価の☆☆☆☆☆(星)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!
よろしくお願いいたします!
(次回更新:明日19時40分!)




